パリにあるとっておきミュゼをご案内します
by paris_musee
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シャンゼリゼ通りのそばにある穴場ミュゼ プチ・パレ Petit Palais
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ちょうど八重桜が咲いているときに撮った正面玄関の写真です
旅行でパリに訪れると、よっぽど時間に余裕があったり、どうしても見たい展覧会をやっていない限り行かないミュゼってたくさんありますよね。今回ご紹介するプチ・パレ(Petit Palais)は残念ながらそういうミュゼかもしれません。
でも2010年8月29日までイヴ・サンローランの回顧展をやっていますので、ファッションに興味のある方は是非足を運んでみてくださいね。
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これがお向かいのグラン・パレ。ここも企画展示などをする美術館です。
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こちらがプチ・パレ。上のイラストもこちらも、パリ万博のときのものです
先週お話しした1900年のパリ万国博覧会の会場として建設されたのが、こちらプチ・パレです。
実は一緒に建設されたグラン・パレ(Grand Palais)とこの建物のあった場所には、巨大な産業宮( Palais de l'Industrie)という建物がありました。
1851年にロンドンで前代未聞の規模の博覧会(これが19世紀の万博の始まりでもあります)が行われたんですが、そのメイン会場のガラス張りの水晶宮(Christal Palace)が本当にすばらしく、当時のナポレオン3世はそれに対抗してこの産業宮をつくらせたのです。1855年のパリ万博でメイン会場となりました。長さ250m、奥行き100mの巨大な建物でしたが、レンガと石で造られたため、ガラス張りの明るい水晶宮には勝てなかったと言わざるを得ません。
それが原因ではないでしょうが、この産業宮はその後壊され、跡地に1900年の万博のためにグラン・パレとプチ・パレを造ったという訳です。
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正面玄関のドームを撮ってみました。が、巨大すぎて全部写りません!
プチ・パレは半円形の中庭を囲むように建物が造られているのが特徴的で、正面は150mの長さがあり、中央はドームを頂いています。シャンゼリゼ大通りからウィンストン・チャーチル通りを入ると、その通り全部がプチ・パレ(反対側がグラン・パレ)なっており、さらにその奥にはこれも1900年の万博で造られた豪華なアレクサンドル3世橋がセーヌ川に架かっています。もう当時の面影はありませんが、この辺だけとても贅沢な空間の作りをしていて大好きです。
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ここは半円形の中庭
産業宮の反省(?)があったからか、このプチパレを入るとすぐにある天井の高いドームは半透明で、会場内は自然光がさんさんと入るような設計になっています。
1900年にプチパレで展示されていたのはフランスの過去の美術作品、お向かいのグラン・パレでは各国の(当時の)現代美術でした。
美術展示のための会場として設計されたからでしょうか、万博後もパリ市の美術館として使われ続けてきました。
2000年に改修工事のため一度閉館しましたが、2005年に展示空間を広げてリニューアルオープンしました。なのでとっても新しくきれいで、入り口のドームなどは入ったとたんすごく優雅な気分にさせてくれます。
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地下の展示室におりる階段の手すり
展示品は、寄贈者のコレクションによりとても多岐にわたります。悪く言えば何でもありすぎ。プチパレがこんな大きな建物でありながらマイナー美術館であるのはその辺に原因があるのかもしれません。
でも入場無料ですし、いろいろ観れるし空いてていいんですよ!
具体的には、18世紀から19世紀の家具や装飾品のコーナー(ガレの花瓶、ギマール邸の食堂など)や、17、18、19、20世紀の絵画(有名どころではレンブラント、ルーベンス、グルーズ、コロー、クールベ、ドラクロワ、アングル、マネ、モネ、ギュスターヴ・モロー、セザンヌ、ルノワールなど)、ルネサンスのオブジェ、キリスト教世界のオブジェ、ギリシャ・ローマのオブジェなどです。
本当にいろんなものがあるんですが、こういう作品を全部観なくてもいいと思います。万博のことを想像しながら自然光がふりそそぐ気持ちのよい空間(中庭がオススメ)を歩くだけでも十分に満ち足りた気分にさせてくれますよ。

シャンゼリゼでショッピングをしたあとにぷら〜っと立ち寄って好きなところだけ観るのに最適なミュゼです。私は入ったことがありませんが、館内にカフェもあるので休憩するのもいいかもしれません。春にはピンクの八重桜が咲いてとても綺麗です。次回のパリ滞在に訪れてみてはいかがですか?


ちなみにこのブログの左上のプロフィール写真はPetit Palaisの正面ドームです
プチ・パレ Petit Palais
住所:Avenue Winston Churchill - 75008 Paris
電話 : 01 53 43 40 00
開館時間 : 10:00〜18:00 月曜日、祝日閉館 
メトロ:1,13番線 Champs-Elysées-Clemenceau

入館料:常設展は無料

2枚のイラストはこちらからお借りしました。

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# by paris_musee | 2010-04-12 00:00 | 有名ミュゼ
19世紀を総まとめ 1900年パリ万国博覧会 Exposition Universelle
パリでの北野武関連のお話を2週にわたってお送りしましたが、その前、ナンシーのアールヌーヴォー関連の記事を書きましたので、その続きをお話ししますね。
今回はアールヌーヴォーの時代まっただ中に行われたパリ万国博覧会です。

以前、エッフェル塔をご紹介したときにパリ万博のお話をしました。産業革命が終わり、イギリスやフランスらヨーロッパの列強がこぞって自国の工業製品の技術の高さをお披露目し、植民地や彼らのまだ知らない国の珍しいものを展示したのが万国博覧会です。1889年にパリで行われた国際博覧会のために、当時最先端の技術を駆使した鉄のエッフェル塔がつくられたのでした。

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こちらは1900年パリ万博の入場券です。

1889年のパリ万博も大盛況のうちに幕を閉じたのですが、次の1900年のパリ万博はそれをはるかに上回る入場者数を記録します。
この万博のために建てられたのが、今もシャンゼリゼ大通りとコンコルド広場の間あたりのセーヌ川近くにあるグラン・パレとプチ・パレ、アレクサンドル3世橋です。
1900年の4月15日に正式オープン、なんと11月12日まで212日間の開催。
会場は先の2つの会場をはじめアンバリッド、シャイヨー宮、シャンドマルスのエッフェル塔とシャンゼリゼ一帯と、ヴァンセンヌの森一帯でした。
5100万人の人出ということで、フランスが開催した万博では最大でした。当時のフランスの人口が4100万人でしたので、どれだけの人出か想像できるかと思います。
ベル・エポック(良き時代)と呼ばれる、景気もよく平和で浮かれた時代のイベントだったのです。
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パリ万博開催時のセーヌ川あたりの風景画
オープンには間に合いませんでしたが、パリ祭の7月14日に会場のヴァンセンヌの森とシャンドマルス一帯を結んでポルトマイヨへ行くメトロが初めて開通します。今の1番線ですね。
ホテルを備えた国鉄のオルセー駅(現在のオルセ=美術館です)もオープンし、多くの旅行者がフランス中からパリ万博を観にやってきました。
それから、「動く歩道」や電車も各会場を結ぶためにつくられたのだそうです。

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電気のおかげで夜間営業も大好評でした
このときのテーマは『19世紀総決算』というような感じで、最新の技術をもってつくられた工業製品、植民地のエキゾチックなもの、過去のフランス美術、現在の各国美術、装飾美術の展示がそれぞれの会場で観られたそうです。19世紀に発明されたテクノロジーが私たちの生活を便利に、豊かにしてくれているということを再確認するような展示内容のような気がします。例えば19世紀に発明された電気を大量に使った噴水のイルミネーションなんかもありましたし、電気のおかげで可能になった夜間営業もまた幻想的でパリ万博を訪れたすべての人々を圧倒したそうです。
リュミエール兄弟の音声付き映画も上映されたらしいですよ。スクリーンは巨大で、21メートルの16メートルだったそうです!コンコルド広場に建てられた巨大なモニュメントもそうですが、とにかく壮大な規模で行われたパリ万博だったのです。


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このイラストは45メートルの高さ、2つの尖塔をもつコンコルド広場に建てられた「入り口」だそうです。巨大!
1900年のパリ万博で一躍人気になったのが、アールヌーヴォー様式です。装飾美術の展示の中には、ルネ・ラリックの宝飾品や、エミール・ガレのガラス工芸(パリ万博大賞を2つ、金賞を1つとりました)、サミュエル・ビング(美術商でアールヌーヴォー名付けの親)の集めたアールヌーヴォー様式の家具などを展示した館などがありました。ガレをはじめとするナンシー派のアーティストは、いろいろな国の博覧会にアールヌーヴォー様式の作品を出品しまくっていましたので、アールヌーヴォー自体の知名度もあがり、大々的に宣伝することで流行になったのだと思います。
ちなみに開通したメトロの入り口はギマールによるアールヌーヴォーの装飾でしたし、オルセー駅の装飾にもアールヌーヴォーが使われていました。19世紀に実用化された鉄によって、建築物にも柔らかい曲線の装飾ができるようになったのですね。

いかがでしたか。オルセー美術館やエッフェル塔など、現在の観光名所の多くが、パリ万博のためにつくられたモニュメントだったんですね。次回はプチパレをご紹介したいと思います。


イラスト、写真はこちらからお借りしました。
パリ万博について当時の図版とともに詳しく紹介してあるサイト
パリ国立図書館の万博に関するサイト

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# by paris_musee | 2010-04-05 00:00 | ミュゼ以外の歴史的建造物
現代美術の展覧会? 北野 武/ビートたけし「Gosse de peintre - 絵描き小僧」展 カルティエ現代美術財団
先週、北野武監督の『アキレスと亀』について触れましたが、今回はカルティエ美術館でやっている彼の展覧会の報告です。
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雨が降ったりやんだりの曇り空の中、外にまで列ができるほど大盛況でした
パリの左岸、ラスパイユ通りの南に建築家ジャン・ヌーベルがつくったガラス張りの建物が突如表れます。5区のアラブ研究所や、エッフェル塔のすぐそばのケ・ブランリー美術館をつくった有名な建築家の作品です。
企業が経済的なバックアップで芸術活動を支援することを「メセナ」と言うのですが、宝飾ブランドのカルティエ財団はメセナ活動を80年代の早い時期から積極的に行って来た企業です。日本では、例えばサントリーのサントリーホール(コンサートホール)や東急のbunkamura(文化複合施設)、下着の会社ワコールの青山のスパイラルホール(多目的ホール)などなど90年代以降にメセナ活動に力をいれる企業が増えました。
1984年にパリ郊外にできたカルティエ財団による施設は、企業がただ経済的支援をするから何かアートの展覧会をしなさいという一方通行ではなく、開かれたアートの交流の場として展示はもちろん、アトリエやアーティストが泊まりながら作品作りができるような場として始まり、当時は無名でも今ではとても有名になったアーティストたちとともに成長してきました。1994年に現在の場所に移動し、刺激的な展覧会を開催し続けています。
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晴れているとガラス張りの建物からお庭の緑が見えて素敵ですよ
そして特筆すべきなのは、私が日本人だからただ印象に残ってるだけなのかもしれませんが、かなりの日本人作家の個展をやってきたことです。私が知っているだけでも、村上隆、三宅一生、写真家の森山大道、荒木経惟、横尾忠則などなど。日本の現代美術をフランスに積極的にアピールしてくれる、日本人には嬉しい存在だと思います。実際に昔からフランスインテリ層には日本の文化に触れたいという需要がありますので、逆にフランス人にとっても浮世絵だけじゃない「今の日本」に触れられる格好の美術館なのです。
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ということで、現在展示中なのが北野武の『Gosse de peintre』展。画家の子供(gosseはenfantの俗語ですね)という意味ですが、アーティスト本人のことを言っているなら『ペンキ屋のガキ』というのもいいかもしれません。『絵描き小僧』というのが日本語タイトルのようですね。映画監督のデビットリンチ展などを手がけたキュレーター(学芸員)が、5年前から打診して去年展覧会を行う契約をとりつけ準備して来たのだそうです。
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外からクローズアップして作品を撮ってみました
映画『アキレスと亀』にもたくさん出てきますが(映画のは彼が描いたかどうかはわかりません)、彼の作品はヘタウマなものが多いです。子供が描いたようなナイーブさと大胆さが特徴ですね。色彩も原色が多用してあって単純明快、テクニック的には高度なものではありません。
本人もインタビューなどで言っていますが、もともと「画家」ではありませんので、格好つけていかにもアートっぽい難解な絵でごまかすこともできたけど、あえて自分が普段描いているような作品で直球勝負をした、のだそうです。
映画もそうでしたが、アート畑にいない部外者(北野武本人)がアートを挑発するようなやり口は、なんとも残酷というかブラックユーモアだと思います。そして、「画家じゃない人の絵を美術館で観る」ということを通して、あらためてアートを考えるいい機会になるのではないでしょうか。そういう確信的な問題提起がカルティエ美術館の狙いのひとつだったような気がします。
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「現代美術って何?」「どうしてこれがアートなの?」という人は多いと思いますが、そんな壮大なことを小難しく考えようとせずに、単純に目の前の作品が好きか嫌いか、その理由などを自問自答するだけでも立派な美術鑑賞だと思います。
さらにすすんで「この作家は何を言いたかったんだろう」「なんでこんなことをしているんだろう」と考えていくと、現代美術の存在意義の片鱗が見えて来るかもしれません。
ちょっと言葉が悪いかもしれませんが、作品はどんなものでもいいのです。それが昨日スーパーで買ったクッキーでも、3年かけて描いた油絵でも。ただ作家が「現代美術」という場にそれを持ってくることによって、何を言いたかったのかが一番重要なのだと思います。クッキーは現代の飽食の時代の子供への警鐘かもしれないし、油絵は現代におけるアナログなアート制度を皮肉っているのかもしれません。
とにかく、現代美術には、「最後の晩餐でお金の袋を持っているのが裏切り者のユダ」というようなきまりはありませんので、作家も自由に表現できますし、鑑賞者だって自由に考えることができるのです。ヘタにわかろうとして拒絶反応を起こしたりせずに、素直に思うことを大切にしていけばいいのだと思います。

企画展示なので外からの写真撮影しかできませんでしたが、いかがだったでしょうか。
パリ旅行の合間に現代美術の展覧会も面白いと思います。
他の有名美術館に比べたらとっても小さいく、1階と地下1階の2フロアだけですが、ガラス張りで小さなお庭に囲まれて、天気のいい日にちょっとアートに触れたい、なんてときにはぴったりです。
企画展示がメインで、毎年3〜5本くらいの展示をしているようです。興味があったら是非カルティエ美術館へ足を運んでみてくださいね。


カルティエ現代美術財団
住所:261, boulevard Raspail 75014 Paris
tel:+33(0)1 42 18 56 50
メトロ:4番線 RaspailかDenfert-Rochereau
開館時間:11:00〜20:00 火曜日は22:00まで 月曜定休
入館料:7,5ユーロ 学生や25歳以下は5ユーロ、18歳以下は無料

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# by paris_musee | 2010-03-29 00:00 | 企画展
アートな映画 Achille et la Tortue『アキレスと亀』
バタバタとしていて1月中旬からずっと更新できませんでした。
楽しみにしてくださった方、すみません。
余裕がないと「ミュゼのあるくらし」ができないのを、身をもって実感。
普段からミュゼにいけるような落ち着いた日々を送りたいものです。

さて、久しぶりの更新なのに、またまたミュゼの話でなくて申し訳ないのですが、ウォーミングアップと思ってご覧ください。

今回は映画の話です。
先日、春の映画感謝デー(printemps du cinéma)がありまして、大人の通常料金が10ユーロちょっとのところ、3日間のみ映画1本3,5ユーロという値段で観られるというのをやっていました。これも今年で11年目の試みなんだそうです。
フランスに来た当初は『ぴあ』みたいな雑誌を毎週買って、結構映画を観まくっていました。学生だと5ユーロくらいで観れたり、午前中だと安かったり、現代美術の展覧会と連動して関連作品がまとめて観られたり、もちろん日本ではなかなか観られない古くてマニアックな作品もたくさん観る機会があったりと、映画に関してフランスはとても恵まれていると思います。

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フランスではAchille et la Tortureというタイトル
今回3,5ユーロで観た映画は『アキレスと亀』です。そう、北野武監督の。
ヴェネツィア映画祭に出品された2008年公開の作品。

フランスでは現在、パリのカルティエ美術館で展覧会をやったり、ポンピドゥーセンターで彼の全映画作品を上映したり、この『アキレスと亀』の上映が始まったりと、北野武旋風が吹き荒れています。最近フランス文化省から芸術文化勲章をもらったのも関係しているのかもしれません。

日本の方から「北野映画のフランスでの評価はどうなの?」という質問をよく受けますが、映画にあまり詳しくないので正直よくわかりません。でも昔から日本文化好き=ちょっとインテリというような図式ができあがったフランスでは、北野武監督の作品もその「日本文化」のど真ん中といった感じです。乱暴な比較かもしれませんが、日本でのゴダール映画の評価と似ているでしょうか。つまり、普通の人はゴダール映画を観に行ったりしませんが、映画愛好家の人の間ではとりあえず観て評価を下さないといけないマストな作品、みたいな感じです。デート用の映画ではなくて、批評したり思考したりするための映画ですね。
私が行ったのは平日の夕方の回でしたが、いかにもこういう映画が好きそうな人がひとりで来たりしていました。カップルでもラブラブデートという感じではなくて、全体的に「映画を観に」来てる方が大半だったと思います。
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画家を支える妻役は樋口可南子さん。ええ??っていうくらいかなり支えまくってます
この作品は、売れない画家の切なくも愉快な生涯を描いているのですが(くわしくはこちらか本編をご覧ください)、画家の一生と20世紀美術史がリンクしていて興味深かったです。
美術なんかにまったく興味のない人の視点で、アート業界を皮肉ったりしているのもとても面白く、おそらくアートも好きであろうパリの観客たちはそのシニカルな描写に失笑していました。(フランス人は映画館でも大声で笑うので、反応が直にわかって面白いですよ)
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グラフィティアートのバスキアを真似して、夜中、近所の商店街のシャッターに勝手に絵を描いて怒られるふたり

監督扮する主人公「真知寿(マチス)」は、単純に絵だけを描いていたい、「画家」になりたいだけで、アートという手段で自分の思想などを表現しようとは思ってないんです。画家でありながら表現することが特にないので、何を描いていいのかわからない。なので、画商が言うことに翻弄されまくっています。「美術史を勉強した方がいい」と言われればピカソやカンディンスキーなどの巨匠の作品をマネしただけの絵を描いてしまうし(「マネでへたくそなので救いがない」と画商にボロクソ言われます)、「ちゃんと美術を勉強した方がいい」と言われれば素直に学校にも通う。画商が言うとおりの絵を描くだけなので、彼の作品にスタイルなんてありません。
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学校のアヴァンギャルドなアーティスト仲間たちとつくった作品。ここらへんの雰囲気は60年代のネオダダイズムオルガナイザーズの活動っぽいです
そこが、一度でもアートをやろうと思った人にとっては胸が痛いところだと思います。好きなだけでもダメだし、自己主張ばかりでもダメ、時代の雰囲気とオリジナリティのバランスをうまく取らなきゃいけないし、売れることも考えておかないと...。
例えば60年代の日本の現代美術界を見てみると、若いアーティストたちがとにかく新しいスタイルをつくろうと必死になって、たくさんのグループや主義が生まれてはすぐに廃れて行きました。とにかく新しいもの、目立つものを追って行った挙げ句、その流行はあっという間に終わって、スタイルのまねをしてるだけではアーティストとして生き残れなかった時代です。この「真知寿」はそういう流行の後を追ってマネしているだけなので、貧乏アーティストのままなんです。

また、辛辣なアドバイスをしている画商は、ダメ出しして批判しまくった作品をちゃっかり売って儲けていたりするんですが、「真知寿」はそんな腹黒い画商にも全然気づきません。絵が売れたことは知らされてもいないんじゃないでしょうか。(もっとも、スタイルがないので自分が昔描いた絵も忘れてしまってるかもしれませんが)
まぬけなほどにピュアであるところが逆に立派にアーティストの素質があると言えなくもないんですが、実際アーティストは霞を食べて生きているわけではないので、もう少しビジネス戦略もできないと有名にはなれないんですよね。
ちなみに、私もギャラリーで働いたことがありますが、実際はお客さんも観る目がある方ばかりですので「へたくそな絵を価値がわからない成金に売りつけて丸儲け」みたいなことはありません。美術にまったく興味のない人が思い込んでる間違ったイメージですよね。もしかしたらバブルの時などはあったのかもしれませんが...。
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献身的だった奥さんにも愛想を尽かされた彼は、ついに狂ってしまいます。これもアーティストのステレオタイプですよね
アートの業界をちょっとでも知っている人にはシニカルだし、知らない人には滑稽なほどのステレオタイプだし(日本人=スシ&ゲイシャくらいの!)、どちらの側でも楽しめる作品でした。さすがは「ビートたけし」なだけあって、「真知寿」が描く作品とそれをダメ出しする画商のやりとりはテンポがよくて、映画館は爆笑の渦になっていましたし、人が死ぬシーンでさえも唐突でドライでときにおもしろおかしくて、演歌の文化がわからないフランス人にとっても、軽妙洒脱でわかりやすいんだろうと思いました。

もし日本でもまだ上映されているようでしたら、是非是非ご覧ください。
美術が好きな方は「真知寿」の描いた作品がどの巨匠のマネなのかを考えながら観ると、もっと楽しめるかもしれません。印象派、モネ、スーラ、マチス、ピカソ、カンディンスキー、クレー、ミロ、デュシャン、ポロック、バスキア、アンディウォーホル、ネオダダイズムオルガナイザーズ、その他たくさんの20世紀美術の教科書的作品の「へたくそなまね」が出てきますよ。


アキレスと亀公式サイト 
写真はフランスの映画サイトallocineよりお借りしました。
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# by paris_musee | 2010-03-22 00:00 | その他
ナンシー派のメッカを訪れる Nancy Musée de l'École de Nancy
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駅からスタニスラス広場へ向かう道にあるアール・ヌーヴォーな建物
どの地方都市もそうなのですが、TGVの駅は中心地から離れたところにあり、旧市街と呼ばれる大聖堂を中心とした歴史的建造物が多い場所はギュっと凝縮していて、1日もあればだいたいの見所は見れてしまうんです。
ナンシーのもうひとつの見所は、アール・ヌーヴォー。
町のあちこちにアール・ヌーヴォーな建築が見られますよ。
でも何といっても、「ナンシー”派”美術館」(広場にあるミュゼは「ナンシー美術館」です)を訪れていただきたいのです。
ロココなスタニスラス広場からまた駅に戻り、駅の裏の道を20分くらい歩かなければなりませんが、ここを見なければ本当にもったいない美術館です。
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町中にあって普通にナンシーの人たちが暮らすアパルトマンの玄関。40番地の数字もアール・ヌーヴォーしてます
19世紀末にアール・ヌーヴォーが誕生しますが、ナンシー派というのは、その中でもとりわけナンシー出身のグループを指します。
もともとロレーヌ公国の首都ナンシーは昔からガラス工芸に秀でていました。
19世紀末にナンシー出身のガラス職人エミール・ガレによって作られた、曇らせたり象眼を施したりしたガラス工芸品がパリ万国博覧会に出品、受賞すると、この神秘的なテクニックとデザインのナンシー派の工芸品が有名になりました。
のちにこのエミール・ガレを中心として「Ecole de Nancy」(日本語で「ナンシー派」)というグループが作られたんです。
折しもイギリスではラファエル前派など世紀末芸術が流行りつつあったところへ、彼らの作り出す神秘的で妖艶な作品が時代精神とマッチしたのですね。
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ナンシー派美術館の建物とお庭。内部の写真撮影はできませんでしたが、これでもか!!!というくらいのアール・ヌーヴォー三昧でした
このナンシー派美術館には、ガレやドーム兄弟、ルイ・マジョレルなどナンシー派のアーティストによる家具、工芸品がたくさん展示してあります。
邸宅を改造しているので、あたかも誰かの家に訪れているかのような感じがしますし、展示品も生活空間にあうようになっているので面白いですよ。
ベッドやベッドランプ、タンス、クローゼット、ダイニングテーブルetc...すべてにおいてアール・ヌーヴォー様式で統一されていて圧巻です。
お庭はさすがに一般的なガーデニングで整えられていてナンシー派っぽくないですが、広くてベンチでのんびりするのに最適ですよ。
(館内は写真撮影が禁止されていますので注意してくださいね)

アール・ヌーヴォーは広義に使われるフランスの世紀末趣味な美術と工芸品の運動ですが、ナンシー派はアール・ヌーヴォーの前身とも言ってよく、工芸品がメインの運動になります。
それまではお金持ちから注文を受けた高級家具職人のアトリエが、技巧をこらして作った家具や工芸品でしたが、ナンシー派はよりアート色の強い、デザイン性の高い作品なのです。
大げさに言ってしまえば、日常使いの工芸品をアートに高めた、またはアートに高めようと意識を持った作家によって作られた作品と言ってもいいかもしれません。
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駅のそばにあるFloというブラッスリー。店内装飾がアール・ヌーヴォーになっててとても雰囲気がいいですよ。お食事も高くなくておいしかったです
ナンシー派の中心人物エミール・ガレは日本でも大人気で、日本にかなりのコレクションがあるようです。
ご覧になった方も多いと思いますが、ガレの作品には植物の有機的な曲線が多用されたり、植物や昆虫などの神秘的な組み合わせなどが特徴です。リアルな自然表現でなく、デザインされた自然表現です。
実は当時ナンシーに留学中の現在の農林水産省の官僚と交流があったらしく、もともと植物学が大好きだったガレは、彼から日本の自然観などを学んだのかもしれません。
時代的には日本では明治維新が起きた前後で、大量の浮世絵が欧米に輸入されヨーロッパ人の心を奪い、パリ万国博覧会では実際に着物を着たちょんまげ姿の幕府の要員や芸者がやって来たので、ジャポニズム(日本趣味)がとても流行っていました。
そういった環境の中でガレが日本の浮世絵や屏風絵などに見られるようなデザイン性の高い自然表現に興味を持ったのも不思議ではありません。
それに、ロココの花開いた町で生まれ育った彼は、自然とロココの装飾に多用される植物紋様を作品に取り入れる素地ができていたのかもしれませんね。

ナンシーだけでなく、ヨーロッパ全土で同時多発的に世紀末趣味、日本趣味などが複雑に絡み合い世紀末芸術が生まれて行きます。
アール・ヌーヴォーもナンシー派とパリ派(という名前は特にありませんが)などさまざまなグループがまとめられた運動と見ていいかと思います。
次回はナンシー派以外のアール・ヌーヴォーの作品について見て行きたいと思います。

**来週は都合により更新をお休みさせていただきます**

ナンシー派美術館 Musée de l'Ecole de Nancy
住所:38 rue du Sergent Blandan 54000 Nancy
電話:03 83 40 14 86
開館時間:10:00-18:00
休館日:毎週月曜、火曜、祝日
入館料:6ユーロ(18歳まで4ユーロ)、毎月第一日曜日は無料

こちらはナンシー派のホームページ内のナンシー派美術館の紹介ページ
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# by paris_musee | 2010-01-18 00:00 | その他