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パリにあるとっておきミュゼをご案内します
by paris_musee
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<フランス革命の火薬庫? パレ・ロワイヤル Palais Royal>
<フランス革命の火薬庫? パレ・ロワイヤル Palais Royal>_f0197072_2141155.jpg

今はすっかり葉っぱが落ちてしまいましたが、夏は青々と茂る剪定された木々と噴水と青空が気持ちよく、散歩や読書に最適のお庭です。

ルーヴル美術館に行く時に、メトロの1番線、7番線を使うとPalais Royal-Musée du Louvreという駅で下車します。
今日はルーヴルではなくて、パレロワイヤルのお話をしたいと思います。

Palaisはフランス語で宮殿、Royalは国王の、という意味です。つまりパレロワイヤルは王宮のことなのですね。
現在、憲法評議会と国務院、コメディ・フランセーズが入っていますが、もともとは王宮だったのです。

17世紀の中頃はルイ13世の宰相リシュリューという人の城館でした。
その後ルーヴル宮殿にいた幼いルイ14世が母と弟とここに引っ越したことからPalais Royalと呼ばれ始めます。
ルイ14世はご存知の通りヴェルサイユ宮殿に夢中になってパリを離れますが、彼の弟、オルレアン公フィリップがこの城館を引き継ぎます。
お庭は一般公開されていたそうですが、建物は貴族とお金持ちしか借りることはできませんでした。

18世紀末には、パレロワイヤルはパリで一番の繁華街になります。
劇場やブティック、書店、ギャラリー、カフェやレストランなどが並んでいたといいます。
男性はカフェで政治の議論をし、女性はウィンドーショッピングを楽しんでいたのでしょう。
デートなら観劇とレストラン、庭園散歩というお決まりのコースがあったかもしれませんね。

<フランス革命の火薬庫? パレ・ロワイヤル Palais Royal>_f0197072_21403052.jpg

ピカピカに磨き上げられた銀食器のブティックや1930年代のシャネルのドレスを売るヴィンテージショップなど、ウィンドーショッピングが楽しいアーケード。
ちなみにデパート(百貨店)の起源はパレロワイヤルにできたアーケードに立ち並ぶ洋品店だとも言われています。
最新のモード、最高の贅沢品がここを歩くだけで手に取るようにわかる、女性にとっては嬉しい場所ですよね。
それにきれいな庭園があればここを散歩しながらお友達と楽しい時間が過ごせたに違いありません。

<フランス革命の火薬庫? パレ・ロワイヤル Palais Royal>_f0197072_2140511.jpg

レストランやカフェもあります。
今では当たり前のように利用するレストランやカフェも、当時はとても新しいものでした。
それまでは誰かの家の厨房でお抱えシェフが作る料理を家人や招待客が食べていました。
ところが、レストランやカフェというのは、誰かの家に招待されたり、自分の家にいなくても好きな時に食事ができる画期的なものだったのです。しかも1皿の値段が明確で、お腹の具合によって食べたいものを食べたい量だけ注文できるのです。
こういったレストランを開いたシェフはたいがい王侯貴族のお抱えシェフ出身だったので、上流階級の食事が一般市民(ブルジョワ階級ですが)にも浸透することにもなりました。一般人にも美食家が増えていくのです。

またここは王族の所有物であるがゆえに警察が介入できず、高級娼婦や高利貸しなんかもウロウロしていて、怪しい飲み屋やカジノも繁盛しました。
毎日お祭り騒ぎのようににぎわっていて、食べたり飲んだり議論したり、騙したり騙されたり、ここに来ればとにかく刺激的でした。
奇しくもルイ16世に密かに反発していたオルレアン公の所有地であったため、国王一家を中傷するビラがたくさん出回り、若者が国王のない未来を夢見て熱く語ることのできた場所でした。
そして1789年、フランス革命が始まった年ですが、最初のデモ行進がパレロワイヤルにあったフォア(cafe du Foy)というカフェから出発するのです。
それがどんどん大きくなってついにバスティーユを襲撃しました。
あの有名な、パンを求めてヴェルサイユまで行進した女性たちのデモも、ここが出発点になっています。
パレロワイヤルなくしてフランス革命は語れないのです。

そんなこんなでフランス革命が終わり、パリの繁華街はもうちょっと北の方へと移動します。
その後は改修したり荒らされて略奪にあったり、ナポレオン1世の弟が住んだり、火災にあって大改修したり...。
20世紀に入ってからは、詩人のジャン・コクトー、女優のジャンヌ・モロー、小説家のコレットが住んだ時期もあったそうです。
そして、1985年文化相のジャック・ラングによって、南の中庭に現代美術家のダニエル・ビュランによる260本の黒白ストライプの大理石の円柱が屋外彫刻として展示されています。(残念ながら現在は修復中で見ることができません。)
<フランス革命の火薬庫? パレ・ロワイヤル Palais Royal>_f0197072_21413584.jpg

現在は赤い壁で工事現場を覆っていて、ところどころにはめてある色ガラスから工事の様子を見ることができるようになっています。これは黄色の小窓から見たところ。
いろいろな歴史がありましたが、現在はとてものどかな散歩&ショッピングコースになっています。
ダニエル・ビュランの彫刻の広場を抜けると、剪定された並木と噴水の庭園があり、その周りを建物が取り巻いています。
その1階にはいい状態のヴィンテージのドレスが揃うお店や、有名ブランド、アンティークを扱うお店、ギャラリー、カフェ、レストラン、コメディーフランセーズ(劇場)などが入っていて、実のところ昔も今も入ってるお店は同じなんですよね(カジノや娼婦宿はありませんけど)。
ウィンドーショッピングをする犬を連れた毛皮のマダムがいたり、噴水の前で本を読んでるムッシューがいたり、ここに来るとちょっとパリっぽいなーと思います。
観光客が多いルーヴル美術館の目と鼻の先にあるひっそりとした歴史的建造物、特に見るものがあるわけではないですが時間があったら行ってみてくださいね。


住所 Place du Palais Royal  75001 PARIS
メトロ 1番線 7番線 Palais-Royal- Musée du Louvre



by paris_musee | 2009-01-26 00:00 | ミュゼ以外の歴史的建造物
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