パリにあるとっておきミュゼをご案内します
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カテゴリ:有名ミュゼ( 23 )
さすがは本場、充実のフランス絵画 パート3 ルーヴル美術館 リシュリュウ翼+シュリー翼2e(3階)

<17世紀 フランスのバロック=古典主義>
17世紀はヨーロッパ中でバロック旋風が吹き荒れた時代でした。
明暗対比に劇的な一瞬を、フツーの風景の中にとけ込ませるのが特徴です。

シモン・ヴーエというフランス人が帰国した1627年が、フランス絵画の転向の年と言われています。
すごいですね、生まれ故郷に戻って来ただけで、絵画史が変わってしまうんですよ。
彼はローマやヴェネツィアでカラヴァジスムを学んでいたんですが、ルイ13世に呼ばれて王の首席画家となります。
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『神殿への奉献』というこの作品は、ルイ13世の宰相リシュリューに頼まれてパリの教会に奉納された作品。
バロックまっただ中の時代の、カラヴァッジオに影響を受けた画家の作品です。
うーん、でもかなりカラフルで、背景の建物が水平線と垂直線を作っていて落ち着いた雰囲気をもたらしていますよね。
これがドラマチックなバロックと言われるとちょっと違う。
明るい色彩はヴェネツィアの作家の特徴とも言われていて、ヴーエもヴェネツィアにいたのでそれに影響されたのでしょう。
背景もギリシャ風の柱なんかがあって古代建築ですよね。
古代建築に遠近法、人間のプロポーションも理想的!
しいて言えば、イタリアの盛期ルネサンスみたいじゃないでしょうか。

そう、フランスは盛期ルネサンスを飛び越えてマニエリスムを取り入れてしまったので、こういう古典主義風な作風が新鮮だったんです。
17世紀のフランスはバロックというより盛期ルネサンスに近いのです。
でも前の時代に後戻りした、というわけではなく、バロックの別解釈で「古典主義」がクローズアップされたと言う方が正しいようです。
ルーヴルの解説パネル(かなーり専門的な解説をした日本語パネルがあるんですよ。私も勉強させていただいています)にも「古典主義」というカテゴリーが使われています。

では17世紀フランスの「古典主義」の代表作家をご紹介しましょう。
なにはなくとも、ニコラ・プッサン。
「フランスの」と言っておいて、彼は24歳のときにイタリアに行ったっきり、ルイ13世に呼ばれて滞在した2年間を除いて死ぬまでローマで過ごしていました。
彼もすごいですよね、ほとんどイタリア人になっちゃってるのに、忘れられるどころかフランス絵画の代表作家。

彼が得意としたテーマは古代の歴史や神話、旧約聖書などです。
やっぱりヴェネツィアの画家のティツィアーノやヴェロネーゼに影響を受けたので、明るい色使いです。
ルーヴルにはかなりプッサンの作品があるんですが、どれも黄色、青、赤のギリシャ風衣装で、古代建築が描かれています。
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私の好きな作品は『ソロモンの審判』
あるところに赤ちゃんが2人生まれます。でも1人はすぐに死んでしまいました。
2人の母親は、残った赤ちゃんの本当の母親は私だと言い張ります。
2人はソロモンの前に行って、本当の母親はどちらか決めてもらうことにしました。
ソロモンは刀を取り出し、赤ちゃんを2つに切り裂いて2人にわけようとします。
母親のひとりは、あの女にあげてもいいから赤ちゃんを殺さないで!と叫びます。
もうひとりは、殺してしまえ!と叫びます。
こうして本当の母親がわかった、という旧約聖書のお話。
左奥の男が、いままさに宙づりにした赤ちゃんを切り裂こうとしています。
左の女性がやめてと叫び、ぐったりとした赤ちゃんを抱いた右の女性は恐ろしい顔をしてやってしまえ!と怒鳴っている場面ですね。
ドラマチックな場面ですが、水平垂直の建築物を入れて落ち着いた構図にしています。

この先に円形のお部屋(展示室16)があって、4枚の作品が展示されています。
これもプッサンの『四季』という作品。死の1年前に描かれた最後の完成作品だそうです。
春夏秋冬を1枚ずつ描いているんですよ。
どれがどの季節かわかりますか?
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春は裸の男女が森の中にいる作品。アダムとイブの場面です。時間は早朝。
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夏はみんなが収穫をしている作品。ルツとボアズの場面(あまり有名ではないですが)。時間は太陽が真上から照りつける正午。
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秋は大きなブドウを運んでいる作品。カナンの葡萄の場面。夕暮れ時です。
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冬は洪水の作品。ノアの大洪水の場面で、黄昏時。
これらはリシュリューに依頼されて制作しましたが、球戯をして王に負けてしまったので、のちにルイ14世のコレクションになります。

このニコラ・プッサン、その後のアーティストにどのように見られていたのでしょうか。
「古典主義」の巨匠だったことをふまえると、
同時代のリュベンスやヴェネツィア派からは不人気、
18世紀のロココの画家ブーシェやフラゴナールからも支持されず、
19世紀の新古典主義のダヴィットやアングルからは絶大な人気でしたが、
ロマン主義の画家からの評価は低く(でもドラクロアは絶賛)、
19世紀末の印象派のセザンヌやドガのお手本となり、
20世紀にはピカソなどのキュビズムや抽象表現主義の画家にも人気でした。
プッサンとピカソの共通点なんてあまり思いつきませんが、こんな風に画家たちは過去の作品を参考にしたり反発したりして、自分たちの思想と混ぜながら新しい画風を作っていくんですね。

まだまだ先は長いのに、モタモタしてしまいました。
来週は「静物画の見方」についてお話ししたいと思います。


住所   rue de Rivoli 75001(正式な住所はMusée du Louvre。メトロを出たらすぐわかると思います)
メトロ  1番線、7番線 Palais Royal-Musée du Louvre
開館時間 水曜日から月曜日 9時から18時(水曜日と金曜日は22時まで)
チケット 常設展とドラクロワ美術館 9ユーロ (水曜日と金曜日の18時から6ユーロ)
ナポレオンホールの企画展のみ 9.5ユーロ
常設展と企画展 13ユーロ (水曜日と金曜日の18時から11ユーロ)
毎月第1日曜日は入場無料
日本語公式サイト


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by paris_musee | 2009-08-03 00:00 | 有名ミュゼ
さすがは本場、充実のフランス絵画 パート2 ルーヴル美術館 リシュリュウ翼+シュリー翼2e(3階)

<16世紀末から17世紀 バロックの時代>
美術の様式にはだいたい名前がついていて、ちょっとお勉強的になってしまうのがタマにキズですが、特徴を分類する上で便利なのでおつきあいいただきたいと思います。
「バロック」というのも様式の名前で、ルネサンスの後に登場します。
私が聴講していたルーヴル学院の授業でも、近代美術はバロックから始まりました。
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彼がカリスマ・バロック画家のカラヴァッジオ。なんだかとっつきにくそうなお顔に見えませんか
バロックと言えばカラヴァッジオ。この人はイタリアの人です。バロックのカリスマ画家。
実は彼、才能はあるんですがお酒を飲むと人が変わってしまい、何度も刑務所に入れられたワケアリの画家。
ある日、決闘をして相手を殺してしまったこともあるんです。

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こちら『聖トマスの懐疑』という作品。イエスの復活を目撃しなかった使徒のトマスが、実際にイエスの聖痕に指を突っ込んでやっと信じる、というシーンです。光が差し込んで明暗対比がハッキリしているのと、イエスもトマスも聖人というよりフツーの人っぽく描かれ、さらに劇的な場面を題材にしていますよね。この作品はドイツのサンスーシ宮にあります
こんな激情型の性格を反映してか、彼の描く絵画はとてもダイナミック。
暗い室内に明るい光が差し込む明暗対比と、動きのある場面や劇的な一瞬をリアルに描くのが特徴です。
宗教的なテーマでも、それをわざと日常にありがちな風景の中にとけ込ませたりします。
フツーの人に見えても、それがキリストだったりするのです。
そんなカラヴァッジオの作風は、そのままバロックの特徴といってもいいでしょう。
彼はイタリアから一歩も出ず、若くして死んでしまったのですが、この革新的な作風を学ぼうとヨーロッパ中からアーティストが集まり、バロックがヨーロッパへと広まりました。
カラヴァッジオの作風を取り入れた画家を「カラヴァジスム」の画家と言ったりします。

カラヴァッジオが大好きだったテーマのひとつに『女占い師』というのがあります。
この作品もルーヴルにあるので、見比べてみましょう。
女に占いをしてもらう場面なのですが、よく見ると占ってもらってる男の手からそーっと指輪を抜き取られている場面だったりします。
自分の運命を知りたいという欲求はみんな持っているけれど、その誘惑に負けてしまうとダマされたりするから気をつけなさい、という教訓でしょうか。
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ニコラ・レニエの『女占い師』は、右の占ってもらってる白人女性のポケットからいままさにお財布が抜き取られているところが描かれています。
それだけかと思いきや、後ろの白人男性が占い師から鶏を盗んでいる瞬間も描かれています。だましだまされ...。
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ヴァランタン・ドゥ・ブーローニュの『女占い師』も、中央の占い師の手には男性から抜き取った指輪のようなものが見えますし、彼女のポケットのお財布(多分これも前のお客さんから盗んだであろう)を左端の男が盗ろうとしている場面が描かれています。
この2人の「カラヴァジスム」のフランスの画家は直接カラヴァッジオに師事したわけではありませんでしたが、フランスのカラヴァジスムの作家として活躍しました。

カラヴァッジオ。
問題を起こすたびにイタリア中を逃げ回る38年間の短い人生でしたが、その革新的な作風はどこへ行っても人気で仕事の依頼が切れることはありませんでした。
殺人まで犯したのに、その依頼主が教会だったというのも、いかに画家として信頼されていたかがわかりますよね。
彼の作品が同時代のイタリアだけでなく、その後のヨーロッパの絵画史に与えた影響もすごいものでした。
人生と作品の価値のギャップが大きくて、興味深い画家のひとりです。

まだまだフランス絵画の展示室は続きます。
カラヴァッジオがフランス絵画に与えた影響はどんなものだったのでしょうか。
次回はそんなところをお話ししたいと思います。


*最初の2点の作品はwikipedia Franceからお借りしました。


住所   rue de Rivoli 75001(正式な住所はMusée du Louvre。メトロを出たらすぐわかると思います)
メトロ  1番線、7番線 Palais Royal-Musée du Louvre
開館時間 水曜日から月曜日 9時から18時(水曜日と金曜日は22時まで)
チケット 常設展とドラクロワ美術館 9ユーロ (水曜日と金曜日の18時から6ユーロ)
ナポレオンホールの企画展のみ 9.5ユーロ
常設展と企画展 13ユーロ (水曜日と金曜日の18時から11ユーロ)
毎月第1日曜日は入場無料
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by paris_musee | 2009-07-27 00:00 | 有名ミュゼ
さすがは本場、充実のフランス絵画 パート1 ルーヴル美術館 リシュリュウ翼+シュリー翼2e(3階)


当たり前ですが、フランスにはフランス絵画がいーっぱいあります。
その首都パリでしたら、ルーヴル美術館、オルセー美術館、ポンピドウ美術館の3大美術館を回れば、フランス絵画史の傑作のほとんどを見ることができると言っても言い過ぎではないでしょう。

今週からルーヴル美術館のフランス絵画を何回かにわたってご紹介したいと思います。
どれもこれもご紹介したいのですが、中でもとくに有名な作品や画家をピックアップしていきます。
リシュリュウ翼から入場して、エスカレーターで最上階の2e(日本式3階)まで上っていきましょう。

<14世紀 フランス最古の絵画>
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ルーヴル美術館に展示されているフランス絵画は14世紀から始まります。
現存する最古のフランス絵画のひとつがコレ、『ジャン2世善良王の肖像画』。
壁画だったらもっと古いものが残されていますが、持ち運べる小さな絵画ではヨーロッパでももっとも古いものなんですって。
で、この人はイギリスとの百年戦争のまっただ中に君臨したヴァロア朝の2代目王。
イギリスの捕虜になってしまい、ロンドンで亡くなります。
中世の絵画(主に宗教画)は人物が理想化されて描かれていますが、これは意外にリアル。
友達の田舎の結婚式なんかに出席すると、こういうお顔の親戚がいたりします。
親しみやすい王様に見えるのは私だけでしょうか。

<15世紀、16世紀 フランスのルネサンス=フォンテーヌブロー派>
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ルネサンスと言えばイタリア。当時のモードの発信地はフランスではありませんでした。
洗練されていない田舎のフランスは、イタリアに憧れてその様式をマネします。
ジャン・フーケが描いた『シャルル7世の肖像』は、素朴な『ジャン2世善良王の肖像』に比べて衣のヒダとかベロアの質感なんかがより繊細に描かれています。
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約1世紀後のジャン・クルーエによる『フランソワ1世の肖像』はさらに衣装の質感が写実的で、奥行きを感じさせる空間が描かれています。

ルネサンスというのは、中世の理想化され抽象的に描かれている人物像に比べて、古代ギリシャ・ローマの彫刻などのように調和がとれ、本物そっくりに描かれるよういろいろな工夫がされた時代でもあります。
そうして背景に正確な遠近法が用いられたり、陰影の付け方など新しいテクニックが生まれるんです。
テーマもキリスト教だけでなく、ギリシャローマの神話などが取り上げられました。
フランスでは、クルーエの肖像画の張本人、フランソワ1世が本場のイタリア人アーティストを自分の城に招聘して芸術を擁護しました。
晩年のレオナルド・ダ・ヴィンチをフランスへ呼んだのも彼なんです。
以前ご紹介したフォンテーヌブロー城もフランスルネサンスの舞台になっています。
その場所にちなんで、この時代の絵画様式を「フォンテーヌブロー派」と呼んでいます。

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こちらの作品はフォンテーヌブロー派の初期の作品。
フランスのルネサンスの作品です。
とはいいつつ、おなじみのレオナルド・ダ・ヴィンチなんかの作品とは全然違いますよね。
実はフランスで流行したルネサンスは、イタリアのいわゆる3巨匠、レオナルド・ダ・ヴィンチ、ラファエッロ、ミケランジェロが活躍した盛期ルネサンスではありませんでした。
盛期ルネサンスを通り越して、その後のマニエリスム(「マンネリ」の語源です)を輸入したというのが実のところ。
乱暴に言うと、マニエリスムってルネサンスの「調和」にこだわりすぎたあまりマンネリ化し、人物が8頭身や9頭身と間延びしてしまった様式です。
ホラ、ギリシャ神話のお約束の三美神やキューピッドが出て来たり、花々がきれいに咲いているんですが、キューピッドは子供らしくなくて中途半端に成長してしまってカワイくありません。
他の人物も手足が長くて頭が小さくて、よくみると変なプロポーションの不思議な作品になっていると思いませんか。
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こちらの作品が後期フォンテーヌブロー派の代表的作品、『ガブリエル・デストレとその姉妹の一人』。
左手に指輪を持っている右の人物がガブリエル。アンリ4世の子供を妊娠したことを表しているのです。
左にいるのが姉妹。ガブリエルの乳首をつまんでいる仕草が面白いですね。
奥にいる召使いが縫っているものは、子供の産着とも言われています。
陰影の付け方、奥行き表現、上品な仕草と洗練されたフォルム、そして神秘性がフォンテーヌブロー派の作品の特徴です。

今日はここまでです。
本場イタリアの芸術をフランスにもってくるとき、どうしても時差が生じたり、違うところにスポットが当てられたりして、そのまんまの芸術様式とは違うものになってしまうんですね。
来週お話しする時代も、イタリア直輸入のはずがフランス独自の絵画様式に発展してしまいます。
それではまた来週!

住所   rue de Rivoli 75001(正式な住所はMusée du Louvre。メトロを出たらすぐわかると思います)
メトロ  1番線、7番線 Palais Royal-Musée du Louvre
開館時間 水曜日から月曜日 9時から18時(水曜日と金曜日は22時まで)
チケット 常設展とドラクロワ美術館 9ユーロ (水曜日と金曜日の18時から6ユーロ)
ナポレオンホールの企画展のみ 9.5ユーロ
常設展と企画展 13ユーロ (水曜日と金曜日の18時から11ユーロ)
毎月第1日曜日は入場無料
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by paris_musee | 2009-07-20 00:00 | 有名ミュゼ
<再びオペラ座へ オルセー美術館 Part 4  Musée d'Orsay>

以前オペラ・ガルニエについてお話ししましたが、オルセー美術館にはオペラ座に関するコーナーが設けられていて、絵画や彫刻の鑑賞に飽きちゃった人たちの楽しい発見の場になっています。
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みんなこのガラスの上に立って、下を覗き込んでいます
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よく見るとオペラ座の俯瞰模型が!丸い屋根があるのがオペラ座
0階の中央の彫刻作品がたくさんある通路のつきあたりにあるのは、このコーナーの目玉、『オペラ俯瞰模型』と『オペラ座の断面図』。
人が大勢立ちすくんで足下をみているのですが、地下にある模型を0階のガラスばりの床から文字通り俯瞰するというしくみです。
中央にオペラ座があります。
オペラ座だけでなく、オペラ周辺の建物も道路も再現されているので、このへんがギャラリー・ラファイエットだ!とか、ここのレストランで昨日ご飯を食べたとか、宿泊している場所なんかを探してみるのも面白いと思います。
ちなみにパリの建物は道路に向かって一直線に並んでいますが、個々の建物(同じ住所)は中庭があって奥に深かったりして、「ロ」の字型をしているものが多いのです。
日本とは違う建物の並びを是非チェックしてくださいね。

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こちらはオペラ座の断面模型
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入り口から大階段のクローズアップです
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観客席のクローズアップ
俯瞰模型の向こうには、またまた黒山の人だかりの写真スポットがあります。そう、オペラ座の”輪切り”。
上から見たオペラ座を今度は横から見てみようというわけです。
右端(2階部分)にはオペラ通りに面したミニ鏡の間、となりに入り口から続く大理石の大階段、中央に赤いベルベット仕立ての豪華なオペラ座の客席、隣は舞台となっています。
舞台は天井も奈落も、さまざまな上演に対応できるようにたくさんの仕掛けがしてあるのがわかると思います。
こんなに天井が高く、地下が深いとは思いませんでした。
このミニチュアは完成当時のもの。客席の天井画は今とは違います。
残念ながらここには『オペラ座の怪人』で落下する巨大なシャンデリアもありませんね。

その2大おもしろスポットの右には、舞台の天井上と地下のしかけの拡大模型があります。
そしてそれを囲むように、いくつかの有名な演目の演出例が小さな模型で再現してあります。
ボタンを押せば音楽が鳴って中の人形やカーテン、大道具が動くようなシステムにしたら子供も(大人も)大喜びなんですが、ここは地味で動くしかけはありません。

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この人がシャルル・ガルニエ氏。
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今はお目にかかれない、建設当初の天井画
2大おもしろスポットの左には設計者のシャルル・ガルニエ氏の肖像画と、昔の天井画のプランがあります。
天使や女神たちが空に向かってのぼって行くような構図で描かれた典型的な天井画です。
現在の天井画は20世紀のロシア出身の画家マルク・シャガールの幻想的な作品で覆われていますが、1964 年以前の天井画はこのような感じでした。
今でもシャガールの絵画の裏に潜んでいるそうですよ。

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カルポーの『ダンス』 写真はオルセー美術館の公式サイトからお借りしました
そしてこのコーナーの周りには、オペラ座を装飾している彫刻の原型や複製が展示してあります。
中でも有名なのがパリのオペラ座の右のファサードを飾っていた彫刻作品、ジャン=バティスト・カルポー作の『ダンス(La danse)』。
彼は1854年にローマ賞を獲得します。そのイタリア滞在中、ミケランジェロやラファエロ、バロック時代のダイナミックな彫刻に影響を受け、ナポレオン3世からも注文を受けるような彫刻家でした。
オペラ座の建築家シャルル・ガルニエはファサードを飾る彫刻を、当時ローマ賞をとり有名だった彫刻家4人に依頼します。
しかしできあがったカルポーの作品が、他の3つに比べ踊り戯れている裸体表現が官能的すぎ、バランスも悪いといってスキャンダルになってしまうんです。
オペラ座に設置された1ヶ月後、反対する人からインクを投げつけられるという事件まで起こります。
結局1870年に戦争が始まり、本人カルポーも亡くなったことでこの論争は鎮火しました。
現在オペラ座には風雨にさらされても大丈夫なように1964年以降複製が置かれていて、こちらオルセー美術館にあるのがホンモノです。
そんなエピソードをふまえて見ると、確かに右端の女性のふくよかな体は伝統的な女神の理想的なスタイルとはかけ離れているし、ちょっといたずらっぽい笑みが生々しいですよね。
ちなみにカルポーの彫刻作品はオルセーにはいくつかありますので、探してみてください。


いかがでしたか?
オペラ座の建築は19世紀の中でもとりわけ時間と費用をたっぷりかけた大事業だったことがこの特別コーナーからうかがえます。
1週間以内にオルセー美術館のチケットを見せればオペラ座の内部見学の料金が割引になるので、オルセーのミニチュアで観たものを確かめに足を運んでみるのもいいかもしれません。
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by paris_musee | 2009-03-09 00:00 | 有名ミュゼ
<印象派前の絵画は? オルセー美術館 Part3 Musée d'Orsay>


オルセー美術館はとにもかくにも「印象派」の作品がたくさんあってすばらしいのですが、1848年からの作品が展示されているので印象派前夜の作品も観なくては損!
実際にチケットを購入して館内に入ると、0階(地上階)の展示室は印象派以前の作品にあてられています。
中央の吹き抜けの通路は彫刻作品でいっぱいですが、両脇の展示室にはあっと驚く作品がさりげなーく展示されているのです。
では、簡単ですが一つ一つの展示室を観て行きましょう。

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アングルの『泉』
<展示室1>アングルとアングル派
アングルの作品はルーヴル美術館にもたくさんありますが、こちらでは『泉』(la source)が観られます。
デッサンを重視し、製作には写真を用いたりしていたほどなのですが、「本物そっくりに描いたものが絵画として美しいとは限らない」ということで本物からちょっとバランスを崩したり、デフォルメしたりして描くのが特徴です。

<展示室2>ドラクロワ
ドラクロワはロマン主義の画家。
アングルやダヴィット(ルーヴルに作品アリ)の知的で静かな新古典主義に反発して、ダイナミックで感情的な作品を描きました。
具体的にはモチーフを画面に対して斜めに配置したり、曲線や原色をつかったり、悲劇や異国情緒ただよう題材を描いたりします。
ドラクロワもルーヴル美術館に大作がたくさんありますので、そちらも是非観てみてください。

<展示室3> 1860~1880年
保守的なアカデミーがよしとする絵画と印象派(革新的な)絵画がちょうど交錯する時期です。
この展示室では、以前ご紹介したカバネルの『ヴィーナスの誕生』(la naissance de Vénus)を目の前で観てください。
彼はサロンの常連で、かなり影響力をもっていた画家ですが、この透き通るように白い肌をもち、目を半分閉じて恍惚の表情の女性はギリギリのところで上品さと神秘性を保っていて、美しいなあと思います。

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ドーミエの風刺彫刻。当時の政治家の顔がわかってたらもっと面白いでしょうね。
<展示室4> ドーミエ
この部屋にはドーミエの風刺版画、風刺彫刻、絵画があります。
19世紀は市民がどんどん力をつけていく時代ですが、まだまだ識字率は低く、新聞を読める人はあまりいませんでした。
でも難しい時事問題を風刺したイラストが入った新聞が大流行、ドーミエは風刺版画の仕事で成功します。
写真も新聞に使われていなかった当時の政治家や文化人の特徴をよくつかんだドーミエの鋭くユーモアのあるイラストはとても面白いですよ。
ちなみにフランスではいまだに風刺イラストの新聞が結構残っていて、メトロで読みふける人を見かけます。

<展示室5>バルビゾン派
以前ご紹介したフォンテーヌブローのお城の近くにバルビゾンという村があります。
ここで自然をモチーフにした絵を描いたミレー、コロー、ルソーなどの画家たちをバルビゾン派と呼んだりします。
コローの作品はルーヴル美術館にもたくさんあるのですが、旅行中に出会った普通の自然の風景を、奥深い森の中に現れる池や木漏れ日などどこか神話チックに描いているのがとても癒されます。
ちなみに日本初の「西洋画」はバルビゾン派でした。
現・東京芸術大学で明治時代に油画科が新設された時の教授が影響を受けていたからです。
黒田清輝なんかも間接的にバルビゾン派だったと言ったら大げさでしょうか。

<展示室6>オリエンタリズム
フランスの人はオリエンタル、エキゾチックなものが大好き。
パリなんかは特に、アフリカ、アラブ、アジアの文化がミックスされて今でもとても国際的です。
19世紀には政治的にも海外遠征などでアフリカやアラブ諸国のイメージが新鮮で興味深いものでした。
サハラ砂漠やアルジェリアなどの風景画がここに展示されています。

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ミレーの『晩鐘』です。農民の大地の豊穣に感謝と祈りを捧げる崇高な時間を描いています。
<セーヌギャラリー>
ミレーの『晩鐘』(l'Angélus)『落ち穂拾い』(Des glaneuses)、コロー、マネ『草上の昼食』(le déjeuner sur l'herbe)、モネ、ピサロ、シスレーの贅沢なオンパレードです。
小振りな作品が多いですが、見応えがあります。
ミレーの『種をまく人』は山梨県立美術館にも所蔵されているんですよ。
余談ですが『種をまく人』は岩波書店のシンボルマークにもなっています。

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クールベ『オルナンの埋葬』 と〜っても大きな作品です。老夫婦がずっとこの作品の前でなにやら話をしていました。フランスの老夫婦はおしゃれです。
<展示室7>クールベ
クールベの大きな作品が3つ展示してあります。
ここにある有名な『オルナンの埋葬』『画家のアトリエ』は、1855年のパリ万博に展示しようと応募するのですが却下されました。
歴史画のように大きく大げさな絵画ですが、アカデミーの決まり事を守っているとは言いがたかったからです。
仕方がないから展覧会場の横で彼は勝手に「クールベ展」を開催してしまうんですね。
これが史上初の個展だとも言われています。
『オルナンの埋葬』に見られるような白い絵の具のペタペタ感がちょっと新しい時代を呼びそうな予感がしませんか?

<展示室8>建築設計図
こちらの展示室は19世紀に次々と建てられた建造物のデッサンや設計図などを集めた部屋です。
オペラ座、シャンゼリゼ、グランパレ、オルセー駅、ルーヴル美術館など今でも見ることのできる建築計画が見れますよ。

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金ぴかの化粧台です。貴族の結婚祝いに作られたものとか。こんな鏡台でお化粧をしたら厚化粧になってしまいそう!?
<展示室9>19世紀の装飾美術
パリ万博などに出品されたり、貴族たちに頼まれたりして作られた飾り棚や化粧台、テーブルなどが展示されています。
ゴテゴテ、ピカピカのすごいものが多いのですが、その「すごい」技術を国内外にアピールしたのが19世紀の万博のテーマでもあるので納得です。

<展示室10>
私が訪れた日は展示変え中でした。いつもは何をやっているのでしょうか??

<展示室11>シャバンヌ
シャバンヌという人の不思議な雰囲気の絵画がたくさんあります。
ほわほわーっとしてて何とも形容しがたい作品ですが、筆遣いが荒っぽかったり、それはそれでこの時代には珍しそうな新しい作品です。

<展示室12>モローなど
ギュスターブ・モローも不思議な雰囲気の作品を描く作家です。
題材は神話などからとっているのですが、例えば登場人物の洋服の模様などが異様に細かく描かれたりしてびっくりします。
パリにはモローのアトリエを改造した美術館がありますが、こちらも雰囲気があってオススメです。
1週間以内でしたら、オルセーのチケットを見せれば入場料が割引になるそうです。

<展示室13>1870年以前
ドガの作品がたくさんあります。
バレエの練習をする少女たちを描いた作品で有名ですね。
印象派の作家たちとつるんではいたのですが、彼の興味は自然よりも人間でした。
生活感あふれる人間や、ポートレートが展示されています。
彼は住んでいたモンマルトルの墓地に眠っています。

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マネの『オランピア』 右端の暗闇に黒猫がいるんですよ。中央の女性がしているチョーカーはオルセーのミュージアムショップで売っています。
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こちらマネの『バルコニー』 彼が描く女性は黒髪で強い意志をもったまなざしをしている人が多いです。
<展示室14>マネ
私はマネが大好きです。
この展示室はそんなマネ好きにとって狂喜乱舞してしまうところ。
『オランピア』(Olympia)に『エミール・ゾラ』(Emile Zola)『笛を吹く少年』(Le fifre)『バルコニー』(Le balcon)といった大作がここに展示されています。
マネのお話はいつかまたあらためてしたいと思います。

<展示室15,16> クールベ
さきほどのクールベの小品があるのがここです。
16展示室の奥に飾られている『種の起源』(L'origine du monde)は是非観てください。
タイトルと、写実的であることにこだわったクールベの絵画にウンウン、とうなってしまう一品です。

<展示室17, 19, 20, 21>
展示変え中で閉鎖されていました。
普段は寄贈されたコレクションを見せているようです。

<展示室18>モネ
マネだのモネだの紛らわしいのですが、有名なマネの『草上の昼食』と同じタイトルの作品があります。
モネも光に取り憑かれてどんどんと抽象的な方向に行ってしまうのですが、ここにある作品はかなりデッサンのきちんとした作品たち。
描かれたブルジョワの楽しいピクニックの様子が伝わってきます。

<展示室22>ピサロ、シスレー
ピサロとシスレーの風景画を中心に集めた展示室です。
戸外で自然の光に包まれながら描いた彼らの作品は気持ち良さそうな空気が流れています。
ちょっと筆致が荒々しくなって来たけれど、晩年ほどではありません。
5階の「印象派」コーナーにも彼らの作品があるのでその違いを比べてみてください。

<展示室23>自然主義的風景画
印象派前夜なんですけれど、まだまだ「そっくりそのまま」の呪縛から抜け出せないのがこの0階の作品群。
こちらの展示室ももれなく、このままリアルに描くことはなんか違うと気づきながらもそこから進めないでいる作家たちのジレンマが見えるような気がします。


いかがでしたか?絵画だけのご紹介でしたが、展示室を番号順に巡ると画家たちがどのようにスタイルを変えて行ったのかがわかります。
デッサンが命、神話や歴史の物語重視、筆致を残さないツルツルの画面がいいとされていたのに、だんだんとデッサンが狂い始め、日常の出来事をモチーフにし始め、筆跡がわかるような荒々しい筆致になってきました。
まだ作品が何を描いたかは完全にわかりますよね。リアルです。
でも印象派の飛び抜けた「新しさ」は、この0階にある作品の「リアル」との葛藤の後に産まれたものと言っても過言ではありません。
なのでやっぱりこの階をざざーっと観てから5階の展示室を観ていただきたいと思います。

次回は0階の奥のちょっとしたコーナーについてお話しますね。
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by paris_musee | 2009-03-02 00:00 | 有名ミュゼ
<印象派の殿堂 オルセー美術館 Part 2 Musée d'Orsay>
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前回紹介できませんでしたが、オルセー最上階の時計のクローズアップ。パリとオルレアン間を結んでいたことが刻まれていますね。

日本で一番人気の画家って誰なんでしょうか。
ゴッホ?ゴーギャン?セザンヌ?ルノワール?マネ?モネ?ドガ?
ここに挙げた画家の名前を聞いてピンと来る人はかなり多いと思います。
日本人にとって、これら印象派の画家はとても身近なものではないでしょうか。
理由はいろいろあると思うのですが、やっぱりルネサンスや17世紀、18世紀の絵画よりも、「作品を観るために必要な基礎知識」といったキリスト教の世界観、近世の政治史などなくても観られる気軽さがウケているのだと思います。
日本に育った以上、特別な理由がなければ『最後の晩餐』の登場人物やエピソード知っていたり、宮廷画家が描く王一家が誰なのかわかる人は少ないですものね。

日本でも上野の森やそこかしこでゴッホやセザンヌ、モネなどの作品を観る機会は結構あるのですが、もしパリで印象派の作品をみたいならば絶対に「オルセー美術館」を外すことはできません!
右を見ても左を見ても印象派だらけ、一級品の作品に囲まれて嬉しい悲鳴をあげてしまうようなところです。
でもやはり貴重な作品ばかりで、観たい作品が貸し出し中になっていることも多いので運を天に任せましょう。
それでも十分な量の作品と向き合えるので絶対に損はしません!

来週、この美術館の中でとりわけチェックしたい作品をご紹介しますが、今回は「印象派」全般のマメ知識をお話ししたいと思います。
まず、印象派は19世紀後半にフランスでおこった芸術のムーブメントです。(音楽などでも印象派と呼ばれるものがありますが、ここでは美術のみお話しします)
そして覚えておきたいのが、当時支配していた「**でなければいけない」という決まり事への反発です。
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こちらカバネルの『ヴィーナスの誕生』という作品。アカデミー常連の彼の描く作品は採点基準をクリア!生身の人間以上に完璧なデッサン、裸体だけどヴィーナスなのでよし、上品さが貴族好みなどなど。
19世紀前半まで、絵画にはいろいろな決まり事がありました。
「そっくりに描かなければいけない」「歴史的事実を描くといい絵と言われる」「エロチックな裸体は描いてはいけない(裸体を描く時は宗教や神話の登場人物とする)」「貴族やブルジョワ趣味の絵がすばらしい」などなど。
そしてその「いい絵」であることを決める団体が美術アカデミーでした。
この団体が毎年サロンと呼ばれる展覧会を開き、そこに展示できる選ばれた作品がちまたで評価されたのです。
サロンへ出展できることが若手画家のキャリアの第一歩であり、さらに一番すばらしい絵を描いた画家にはローマ修行旅行の特典がありました。
ところが、とにかくそっくりに描くことや、いろいろな決まり事を守った作品ばかりが選ばれるのですから、画家の方も知恵をつけて選ばれるための作品しか描かなくなって行きました。
新しい技法、面白いモチーフを描いた自由で生き生きとした作品は評価されなかったので、描くだけムダでした。
大げさですが、アカデミーは保守化してみんなおんなじ、どれもこれもやっつけ仕事のつまらない展覧会になってしまうのです。

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こちらはマネの『草上の昼食』 アカデミー的にダメだった減点ポイントは、その辺にいる女性の裸体=下品、よくあるピクニックの風景に裸体=低俗、色の塗り方が平面的で本物っぽくない=ヘタクソ。
印象派の父なんて呼ばれているエドゥワール・マネの代表作『草上の昼食』は、アカデミーによって下品でへたくそと判断され落選します。
森の中の裸体表現は過去にもたくさんあったのに、マネの裸体が神話や宗教上の登場人物ではなく、生々しい普通の女性というので却下されたのですね。
そしてマネの特徴でもあるのですが、奥行き感のない、ペッタリした2次元的な感じの塗り方が「ヘタ」の烙印を押されてしまったのです。
当時の絵は、陰影がついててあたかも本物がそこにあるような遠近感のある写実的な絵が主流でした。

この絵は、そのとき落選した他の作品とともに落選展という展覧会に出品されました。
目的は「ほら、この人たちの作品はサロンに落選しても仕方がないダメな作品ですよね」と念を押すためで、実際美術批評家をはじめ観客は「そうだ、そうだ」と嘲笑したのだそうです。
でも、一部の人は「まてよ、これは新しい時代の絵画を牽引するような鋭い視点を持っている!」と評価しました。

こうした既成概念を打破するような新しい作品への支持が次第に高まり、アカデミーの保守化した体制への反発も強まり、いよいよ印象派の画家たちが自由に作品を描いてもいいという土台が作られるのです。

ちなみに、19世紀後半に写真技術が発表されたことも、印象派の登場に一役買っています。
というのも一瞬のうちに現実の世界をそっくりそのまま写し取ることが可能だとわかったので、何日もかけてそっくりそのまま描く写実的な絵画への必要性もなくなっていったからです。

マネのスキャンダラスな作品のおかげで、19世紀後半から絵画の(アカデミーの)既成概念を無視したこだわりの絵画を描く若手画家が急増し、印象派と呼ばれるほどのムーブメントが起きた、というわけです。

今の視点から印象派の作品観るとその革新性が霞んでしまうのですが、写真も一般的ではなかった当時の人の気持ちになって観てみると「まあ、こんなモチーフを絵画に!?」とか「ちょっと、こんなブツブツができた肌なんてあり得ないわ!」とか「この荒々しい筆遣いが邪魔だ!」なんて思うかもしれません。
眉を潜めてしまうようなことが、だんだんと印象派の新しさ、生き生きとした作品として評価されて行ったのです。
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by paris_musee | 2009-02-23 00:00 | 有名ミュゼ
<昔は駅でした オルセー美術館 Musée d'Orsay>
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2003年頃に撮ったオルセー美術館の外観。この頃は正面入り口が工事中で、側面の入り口から入場でした。長い美術館です。画面左の大きな時計の裏に素敵なカフェテリアが。

パリに来たからには是非行きたい美術館、ルーヴルに次いで人気なのはオルセー美術館ですよね。
場所もルーヴル美術館とセーヌ川をまたいでお向かいさんにあり、昔母と観光でパリに来ていた時は頑張ってハシゴしたりしていました。
一応このふたつの美術館には役割分担がありまして、1848年以前がルーヴル、以降がオルセー(さらに1914年の第一次大戦以降はポンピドウセンター内の国立近代美術館)と時代分けがされています。
オルセーが担当しているのは「印象派」の時代のド真ん中でして、印象派が大好きな日本人に大人気なのもうなずけます。

ちょっと意外だったのは、オルセー美術館の開館が1986年であること。
建物もパリの古い町並みにしっくりととけ込んで貫禄すら感じてしまうのに、私よりも若いとは!!
どういう事情なのかと調査してみると、なるほど納得、使われなくなった駅舎をそのままミュゼに改造したからなのです。
駅舎としての歴史はパリ万国博覧会が開催された1900年。
エッフェル塔ができ万国博覧会で華やぐパリを一目見たいと、フランス各地、近隣諸国からの旅行者が集まるんです。
人が集まるからには交通手段ということで、パリのど真ん中に到着するオルセー駅をつくったというわけです。
オルレアン方面からやってくる人々を一気に受け入れた大きな駅舎は当時流行っていたアールヌーボー調の装飾と彫刻を施した大円天井が特徴で、豪華なステーションホテルが併設されていた時期もありました。
万博のためにオーステルリッツ駅(これは今でも現役)から延長してわざわざ建設したのですが、1939年には駅は廃止され、ホテルだけが残りました。
1973年に歴史的建造物に指定された頃から、ミュゼにしよう!なんて声もあがり86年にオルセー美術館がオープンとなりました。
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オーヴェル・シュル・オワーズに行って、ゴッホの軌跡を歩いてみました。これは当地の教会。
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上の教会をゴッホが描くとこうなります。実物はオルセー美術館で観てください!
さきほども言いましたが、オルセーといえばやっぱり印象派。
狙ったのかどうかはわかりませんが、駅舎の空間で見る印象派の作品が非常にマッチしているんですよね。
というのも、印象派が活躍した時期は、鉄道が発達した時期とかぶります。
パリを見に地方から人々が集まってくる一方で、パリから郊外へ行くピクニックもさかんになります。
レジャー、日帰り旅行の誕生です。
印象派の画家たちも画材道具、デッサン用具を片手にパリの駅から郊外へスケッチ旅行に出かけます。
例えば、今も昔と変わらずパリの北西に向かう列車を受け入れるサンラザール駅。この駅舎やホームも数多くの画家に描かれました。
サンラザール駅から印象派の作品の舞台になった場所へ日帰り旅行ができます。
ゴッホの終焉の地オーヴェル・シュル・オワーズや、モネが住んだアルジャントゥイユやジヴェルニーも1,2時間ほど。
当時のパリ郊外の緑多いほのぼのとした景色を描いた印象派の作品をオルセー美術館で観ると、不思議と「こんな駅舎から出発したんだなー」とイメージが湧いてくるのです。

オルセー美術館、印象派の絵画だけでなく、19世紀後半の華々しい文化が咲き誇った時代の装飾美術、彫刻、写真、建築、グラフィックなども観ることができます。ルーヴル美術館よりも小さく(それでも大きいです!)、19世紀の内装を再現したクラシカルで素敵なレストラン(お昼は16.5ユーロのコースあり)や最上階の大時計からパリを望めるカフェテリアもオススメなので、時間があったら是非行ってみてください。

オルセー美術館
住所 1, rue de la Légion d'Honneur, 75007 Paris
開館時間 9:30-18:00(木曜日のみ夜間営業 21:45まで)
閉館日 月曜日
行き方 RER C線 Musee d'Orsay駅下車すぐ
チケット 8ユーロ(5,5ユーロ 30歳未満、木曜日以外の16:15以降、木曜日の18:00以降)18歳未満は無料
     オルセー美術館とロダン美術館の割引入場券 12ユーロ(同日入場のこと)
     入場後8日以内にオルセー美術館のチケットを見せれば、ギュスターヴ・モロー美術館とオペラ座の見学コースのチケットが割引料金になるそうです。


*ちょっと更新が遅くなってしまってごめんなさい。
取材に行く時間がなくて写真不足です...。
来週こそは新しい写真をアップしたいと思います。
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by paris_musee | 2009-02-09 00:00 | 有名ミュゼ
<ヨーロッパ絵画 part 2 北方絵画 リシュリュウ翼2e étage Musée du Louvre>
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お正月のパリ、なんと大雪が降って零下10度を記録しました。本当ならエッフェル塔まで見える景色が真っ白です。
またまたルーヴル美術館に戻ってきました。
今日はルーヴルの目玉のひとつ、北方絵画のお話です。

ヨーロッパ大陸の北の方、ドイツ、オランダ、ベルギーなどの絵画を集めた展示室がリシュリュウ翼の2e étage(日本で言う3階)にあります。
リシュリュウ翼のエスカレーターを最上階まで上りつめたところから入ると、1~3の展示室はフランスの絵画となっていますが、向かって左の展示室4からオランダの絵画を見ることができます。

個人的にルーヴルの北方絵画の階はお気に入りのひとつです。
前に見たドゥノン翼の有名絵画は実際に観ると圧倒されるものの、迫力がありすぎて疲れてしまい、最後は「あ、知ってる」「これ教科書で見た」という確認作業になってしまうことが多いのです。
でもここは全体的に作品は小さく、派手さがなく、素朴な静物画もたくさんあって、森の中を散歩しているようなゆったりした気分で観ることができるんです。
もちろん有名な画家の作品はたくさんありますが、ヨーロッパ人の田舎の別荘のサロンに飾ってありそうな、何の変哲もない静物画、風景画、人物画も多くてくつろげるのかもしれません。
それはフランスとかイタリアとかイギリスといった歴史を引っ張って来た大国ではない、自然豊かな北の小さな国々の画家の素朴な視点で描かれた世界だからでしょうか。

日本の実家にいるのと同じ犬が作品に描かれていたりして、そんな動物の描写にもいやされたりしています。
空想上の生き物や本物のような精巧さで描かれた洋服、当時食べていたものなどちょっと変わった面白いモチーフをクローズアップして楽しんだりしています。
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画面にひっそりと描かれた空飛ぶ未確認生物。
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階段広場に展示してある大きな絵。当時の魚屋さんでしょうか。

北方絵画を観るとき、ちょっと頭に入れておきたいのが「宗教」です。
キリスト教であることに変わりはないのですが、それがカトリックかプロテスタントかが重要になってきます。
というのも、16世紀の宗教改革後は単純化するとカトリックが厳粛なキリスト教世界を守り、プロテスタントはその世界観を緩和するような方向に向かうからです。

当時ネーデルランドと呼ばれていた現在のオランダ、ベルギー、ルクセンブルグの地域は、17世紀にこの宗派を巡ってフランドルとオランダに2分します。
フランドルはカトリックだったのでキリスト教色が強く保守的で、反対にオランダはプロテスタントだったので宗教色が弱まり、当時の経済の発展・市民階級の台頭とともに、新しく自由な精神を感じる絵画や当時の市民の風俗が描かれます。

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フランドルの絵画で見逃せないのは展示室18のリュベンスの大作が並べられたお部屋。
王権をカトリックの力とともに強化したこの国で宮廷画家として活躍したリュベンスです。
この作品はフランスのルイ13世のお母さん、『マリードメディシスの生涯』という作品で、色彩豊富でダイナミックで豪華な大作です。
もちろんモチーフが王妃であるからですが、リュベンスが描く女性はふくよかで母性あふれそしてとても上品です。

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人がいっぱいいたので斜めから撮ったら光が入ってしまいました。辛抱強く順番を待って正面から写真を撮らないとダメですね。
オランダ絵画ではやっぱりフェルメールでしょうか。
この作品『レースを編む女』の前にはいつも人だかりができているのですぐにわかるはずですが、すごくすごく小さな作品です。
彼は寡作な作家だったので、フェルメール展をどこかでやるたびに貸し出し中になってしまうことが多いのが難点です。
よく見るとフェルメールブルーと言われる美しい青色のクッションの下から出ている赤と白の糸が結構いい加減に描かれているのです。
ほのぼのとした暖かいフェルメールのまなざしがこの絵にはよく現れています。
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自分の肖像画をたくさん描いたレンブラントも是非観てくださいね。
展示室内に何枚か自画像があるのでレンブラントの顔がどのように老けていくのかをチェックできますよ。

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この人の描く中性的な人物を見ると、浮世絵師の鈴木春信を思い出します。
ドイツ絵画で私が好きなのはクラナッハ。ニュルっとした子供とも大人とも言えない官能的な裸体が特徴です。
後ろの風景もおとぎ話に出てきそうな不思議な建物と湖、肌の白さを一層強調する深緑の木々で、ドイツの森のシンとした空気が伝わってくるようです。

この北方絵画の階は必ず毎日開いているというわけではないようです。
現在は木曜日と金曜日の夜間に一部閉鎖しているみたいですが、スケジュールはよく変わるのでサイトでチェックしてください。
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by paris_musee | 2009-01-19 00:00 | 有名ミュゼ
<ルーヴル歴史散歩 2 19世紀のフランスへ Musée du Louvre>

先週は中世のルーヴルをお伝えしました。
今日はかなり最近のルーヴルの歴史散歩をしてみたいと思います。
実は私が一番好きなルーヴルの展示室でもあります。
世界中から集めて来た古代の作品群も圧倒されますが、やはり本場で見せつけられるフランスの歴史の奥深さには脱帽してしまいます。

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このヒゲの紳士がナポレオン3世。奥様のウジェニーさんの肖像画が正面に飾られています。
歴史の舞台は19世紀中頃、第2帝政時代のパリ。
主人公はナポレオン3世。
フランス革命の後に現れるナポレオン・ボナパルトの甥っ子です。
1848年に大統領となり、オスマン男爵とともに古くて汚いパリの下水道やシャンゼリゼなどの大通りなどを整備し、現在も残るパリの美しい景観づくりに全力投球しました。
ルーヴルからほど近いオペラ座(ガルニエ宮)を作らせたのも彼でした。
どんな旅行者でも息をのむパリの美しい都市計画を実行したのはナポレオン3世なのです。
パリの近代化に一役買ったそんな彼の居室がリシュリュー翼1er étageに残っています。

ナポレオンホールからRICHELIEUのエスカレーターをのぼり、係員にチケットを見せて右折、エスカレーターを上ってください。
エスカレーターを上ったらUターンしてObjet d’Artと書いてある方へ行きましょう。
小さな売店、カフェ、お手洗いなどがあり、その突き当たりからスタートです。

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最初はこんな可愛らしい小部屋が続きます。
1861年にこのナポレオン3世の居室の改修の終了後、1871年から1989年に大蔵省が引っ越すまでここは大蔵省が使用しており、一般公開されていませんでした。
それゆえ保存状態もよく、この時代の装飾様式の典型を完璧な形で残しているため、とても価値ある展示室なのです。
最初のお部屋を入るなり壁紙やボワズリー(壁に施された木の装飾、彩色されているものもあります)、シャンデリアに目を奪われます。このインテリアは第2帝政時代の装飾様式で、ルイ14世様式に影響を受けていて壮麗豪華なのが特徴です。
例えば深紅のベルベットに金色に塗られた木で作られたソファや椅子、ゴージャスで明るい照明は、政治・経済が成熟した当時のフランスを体現するような絢爛豪華さです。
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だんだん重厚で豪華な雰囲気になっていきます。

部屋を進むと書斎、第一のサロン、控えの間、家族のサロン、大サロン、サロン・テアトル、小さな食堂、大食堂と続きます。
最初の小さな部屋にはThiersさんのコレクションであるギリシャやエジプト、日本の印籠などの小さなオブジェが展示されています。
小部屋ですがボワズリーも暖炉も壁紙も照明もうっとりするくらい素敵です。窓から見えるドノン翼の建物も風情があります。
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写真に収まりきれないほど広い大サロン。その絢爛豪華さに息を飲んで立ち止まる場所です。
そして突然表れる大サロン。ピアノが置かれ、たくさんの赤いソファや椅子が、さきほどまで舞踏会をしていたかのような豪華さを残してたたずんでいます。
次の部屋はサロン・テアトル。ナポレオン3世とウジェーヌ妃の肖像画が向かい合わせにかけられています。ここでは音楽会が催されていたそうです。
小さな食堂はトロンプロイユ(だまし絵)のようになった壁画が、いままでのまばゆいばかりのゴージャスさを緩和させてくれるような自然主義なタッチで描かれほっと一息できます。すぐ横の大食堂に目が奪われてしまいますが、こちらもしっかり観ていただきたいと思います。
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ちょっとクラシカルな落ち着いた内装の食堂。テーブルがとにかく長い!
さて、ナポレオン3世の居室群のメインディッシュはなんといってもこの大食堂。
映画でみたような、小説で思い描いたような、貴族の晩餐会でのシーンに欠かせない長い長いテーブルにたくさんの茶色の革張りの椅子が並びます。
さきほどの赤を貴重にしたサロンとは違い、とてもシックな印象を受けます。
黒に金ブロンズを施した荘重な調度品、食堂にふさわしい狩猟をテーマにした絵画も飾られています。
黒や茶を基調にしたのは、これからいただく食事の彩りが映えるようにとの配慮でしょうか。
それにしても一度でいいからこんなところで素敵な晩餐会に呼ばれてみたい。

そう、このナポレオン3世の居室群を訪れるときは、招待客の一人になったつもりで歩いてみてはいかがでしょうか。
女性なら当時はやっていたボリュームのあるドレスを優雅に着こなす貴婦人になって、男性なら胸にたくさんの勲章をつけてたっぷりとひげをたくわえた紳士になって、控えの間で隣の人と談話したり、大サロンでアペリティフをいただきながらピアノの調べを聴いたり、サロン・テアトルでカルテットを聴いたりして、いよいよ大食堂でごちそうに舌鼓。

私はこの展示室に足を踏み入れてから、急に19世紀のフランスに興味を持ち、当時の風俗が描かれた小説を読むようになりました。
19世紀のフランスって内実ともにとても豊かで華やいだ時代だったんですよね。
パリには歴史的な逸話のある美術館が結構多いので、当時にタイムスリップしたふりして鑑賞するのが気に入っています。

モナリザのあるドノン翼からは離れていますが、時間があまったら是非是非訪れてほしい場所です。
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by paris_musee | 2008-12-15 00:00 | 有名ミュゼ
<ルーヴル歴史散歩 Musée du Louvre>
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この作品に描かれているお城が中世のルーヴル宮。オリジナルの作品はルーヴルではなく、パリ郊外のシャンティイ城のコンデ美術館に所蔵されています。

ルーヴルの歴史はどれくらい前に遡ることができると思いますか?
約200年前、フランス革命の後1793年に美術館としてオープンしました。
美術館としてもかなり古株ですが、ルーヴルの建物自体は800年前、この地に建てられた城塞がもとになっているんです。

1985年にミッテラン大統領の指揮のもと、『Grand Louvre』(グラン・ルーヴル)計画がスタートします。
当時リシュリュー翼には大蔵省が入っていて、地下のナポレオンホールなどもなく、展示室が全然足りない状態でした。
そこで大蔵省には12区のセーヌ河畔の建物に引っ越しをしてもらって、ガラスのピラミッドとナポレオンホールを作り、展示スペースを拡大、名実共に世界最大級の美術館を目指したのです。
その『Grand Louvre』計画を進めるために敷地内を掘り起こしたところ、噂通り800年前の城壁の基礎が発掘されました。

ここからルーヴルの古くて新しい展示空間が生まれたのです。
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まずナポレオンホールのシュリー翼のエスカレーターをのぼりチケットを見せると、両側にHISTOIRE DU LOUVREというお部屋があります。
ここは発掘調査の模様や、作品に描かれたかつてのルーヴルの姿や、ルーヴルの建物がどのように拡大していったかがわかるようになっています。
中にルーヴルの建物の変遷がミニチュアで再現されているのですが、それを簡単に説明しますと...
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これは13世紀頃のルーヴル。右側がセーヌ河で、ミニチュアの上の方にある円柱の塔(主塔)とそれを囲む宮殿が見えます。中央より下の畑は現在のチュイルリー庭園がある辺り。
1190年 フィリップ・オーギュスト王が、ヴァイキングの襲撃に備えて主塔をルーヴルの地に作らせる
1380年 シャルル5世によって主塔を囲むように住居(宮殿)ができる
1572年 ヴァイキングの襲撃の心配がなくなったので、国王フランソワ1世が城塞のシンボルであった主塔を壊し王宮を生まれ変わらせる
    カトリーヌ・メディシスがチュイルリー庭園をつくらせる
1610年 アンリ4世の死後、チュイルリーにあった宮殿とルーヴル宮殿をつなぐグランド・ギャラリー(現在のドノン翼、『モナリザ』などが展示されている長い回廊部分)をつくらせる
1678年 ルイ14世がヴェルサイユ宮殿に引っ越したので改装は中止となり、長い間放置される
1793年 ルーヴル美術館オープン
1871年 チュルリー宮が燃やされ、放置されていた廃墟は10年後に取り壊される

ルーヴルは、現在のシュリー翼を中心にまず主塔が建てられその周りに王宮ができ、次にチュイルリー庭園が整備され、現在のドノン翼であるグランドギャラリーが増築、最後の最後にリシュリュー翼ができたことになります。
最初から現在のルーヴルの巨大な建物ができたわけではなく、増築と改修を何世紀にもわたって繰り返した結果なのですね。
しかもその間ずっと工事が続けられていた訳ではないので、元王宮にアーティストがアトリエを構えたり、政治家が集まったり、浮浪者が不法占拠して荒廃したりと、いろいろな住人がそれぞれの生活を繰り広げていたのでした。

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ちょっとインディジョーンズみたいな探検をしている気分!?
さて、シュリー翼の展示室で今見られるのは、中世のルーヴルの王宮の基礎部分の遺跡です。
スタッフも常駐しておらず、ちょっとヒンヤリしているので怖がりの人はお友達と一緒に行くか、他のお客さんの後をついていきましょう。
順路に従っていくと、ちょうど王宮の周りを巡らせたお堀の部分を歩くことになります。
なんてことない石を積み上げた壁ばかりですが、単なる石ととるか、800年の歴史を見るかはみなさんの想像力次第。
途中でサンルイの部屋という真ん中に柱頭がある真っ暗な部屋に行くことができます。
天井が低くて不気味ですが、13世紀のサン・ルイ王治下の古いものだそう。
16世紀には城塞としての中世のルーヴルは役目を終え、主塔など多くが壊されてしまいましたが、この部屋やお堀の一部は地下深く眠っていたのでその後ひょっこりと発見されたというわけです。

実は私たちが考える絵画や彫刻などいわゆる「美術作品」の展示は、ルーヴルのコレクションの中ではほんの一握りなのです。
ルーヴル美術館は考古学博物館的要素が意外にも大きいのです。
歴史の舞台としてのルーヴル鑑賞もなかなか感慨深いですよ。
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by paris_musee | 2008-12-08 00:00 | 有名ミュゼ