パリにあるとっておきミュゼをご案内します
by paris_musee
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
カテゴリ
有名ミュゼ
お城ミュゼ
邸宅ミュゼ
テーマミュゼ
企画展
ミュゼ以外の歴史的建造物
その他
以前の記事
2010年 04月
2010年 03月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
検索
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
<   2009年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧
<フランス革命の火薬庫? パレ・ロワイヤル Palais Royal>
f0197072_2141155.jpg

今はすっかり葉っぱが落ちてしまいましたが、夏は青々と茂る剪定された木々と噴水と青空が気持ちよく、散歩や読書に最適のお庭です。

ルーヴル美術館に行く時に、メトロの1番線、7番線を使うとPalais Royal-Musée du Louvreという駅で下車します。
今日はルーヴルではなくて、パレロワイヤルのお話をしたいと思います。

Palaisはフランス語で宮殿、Royalは国王の、という意味です。つまりパレロワイヤルは王宮のことなのですね。
現在、憲法評議会と国務院、コメディ・フランセーズが入っていますが、もともとは王宮だったのです。

17世紀の中頃はルイ13世の宰相リシュリューという人の城館でした。
その後ルーヴル宮殿にいた幼いルイ14世が母と弟とここに引っ越したことからPalais Royalと呼ばれ始めます。
ルイ14世はご存知の通りヴェルサイユ宮殿に夢中になってパリを離れますが、彼の弟、オルレアン公フィリップがこの城館を引き継ぎます。
お庭は一般公開されていたそうですが、建物は貴族とお金持ちしか借りることはできませんでした。

18世紀末には、パレロワイヤルはパリで一番の繁華街になります。
劇場やブティック、書店、ギャラリー、カフェやレストランなどが並んでいたといいます。
男性はカフェで政治の議論をし、女性はウィンドーショッピングを楽しんでいたのでしょう。
デートなら観劇とレストラン、庭園散歩というお決まりのコースがあったかもしれませんね。

f0197072_21403052.jpg

ピカピカに磨き上げられた銀食器のブティックや1930年代のシャネルのドレスを売るヴィンテージショップなど、ウィンドーショッピングが楽しいアーケード。
ちなみにデパート(百貨店)の起源はパレロワイヤルにできたアーケードに立ち並ぶ洋品店だとも言われています。
最新のモード、最高の贅沢品がここを歩くだけで手に取るようにわかる、女性にとっては嬉しい場所ですよね。
それにきれいな庭園があればここを散歩しながらお友達と楽しい時間が過ごせたに違いありません。

f0197072_2140511.jpg

レストランやカフェもあります。
今では当たり前のように利用するレストランやカフェも、当時はとても新しいものでした。
それまでは誰かの家の厨房でお抱えシェフが作る料理を家人や招待客が食べていました。
ところが、レストランやカフェというのは、誰かの家に招待されたり、自分の家にいなくても好きな時に食事ができる画期的なものだったのです。しかも1皿の値段が明確で、お腹の具合によって食べたいものを食べたい量だけ注文できるのです。
こういったレストランを開いたシェフはたいがい王侯貴族のお抱えシェフ出身だったので、上流階級の食事が一般市民(ブルジョワ階級ですが)にも浸透することにもなりました。一般人にも美食家が増えていくのです。

またここは王族の所有物であるがゆえに警察が介入できず、高級娼婦や高利貸しなんかもウロウロしていて、怪しい飲み屋やカジノも繁盛しました。
毎日お祭り騒ぎのようににぎわっていて、食べたり飲んだり議論したり、騙したり騙されたり、ここに来ればとにかく刺激的でした。
奇しくもルイ16世に密かに反発していたオルレアン公の所有地であったため、国王一家を中傷するビラがたくさん出回り、若者が国王のない未来を夢見て熱く語ることのできた場所でした。
そして1789年、フランス革命が始まった年ですが、最初のデモ行進がパレロワイヤルにあったフォア(cafe du Foy)というカフェから出発するのです。
それがどんどん大きくなってついにバスティーユを襲撃しました。
あの有名な、パンを求めてヴェルサイユまで行進した女性たちのデモも、ここが出発点になっています。
パレロワイヤルなくしてフランス革命は語れないのです。

そんなこんなでフランス革命が終わり、パリの繁華街はもうちょっと北の方へと移動します。
その後は改修したり荒らされて略奪にあったり、ナポレオン1世の弟が住んだり、火災にあって大改修したり...。
20世紀に入ってからは、詩人のジャン・コクトー、女優のジャンヌ・モロー、小説家のコレットが住んだ時期もあったそうです。
そして、1985年文化相のジャック・ラングによって、南の中庭に現代美術家のダニエル・ビュランによる260本の黒白ストライプの大理石の円柱が屋外彫刻として展示されています。(残念ながら現在は修復中で見ることができません。)
f0197072_21413584.jpg

現在は赤い壁で工事現場を覆っていて、ところどころにはめてある色ガラスから工事の様子を見ることができるようになっています。これは黄色の小窓から見たところ。
いろいろな歴史がありましたが、現在はとてものどかな散歩&ショッピングコースになっています。
ダニエル・ビュランの彫刻の広場を抜けると、剪定された並木と噴水の庭園があり、その周りを建物が取り巻いています。
その1階にはいい状態のヴィンテージのドレスが揃うお店や、有名ブランド、アンティークを扱うお店、ギャラリー、カフェ、レストラン、コメディーフランセーズ(劇場)などが入っていて、実のところ昔も今も入ってるお店は同じなんですよね(カジノや娼婦宿はありませんけど)。
ウィンドーショッピングをする犬を連れた毛皮のマダムがいたり、噴水の前で本を読んでるムッシューがいたり、ここに来るとちょっとパリっぽいなーと思います。
観光客が多いルーヴル美術館の目と鼻の先にあるひっそりとした歴史的建造物、特に見るものがあるわけではないですが時間があったら行ってみてくださいね。


住所 Place du Palais Royal  75001 PARIS
メトロ 1番線 7番線 Palais-Royal- Musée du Louvre



[PR]
by paris_musee | 2009-01-26 00:00 | ミュゼ以外の歴史的建造物
<ヨーロッパ絵画 part 2 北方絵画 リシュリュウ翼2e étage Musée du Louvre>
f0197072_2244373.jpg

お正月のパリ、なんと大雪が降って零下10度を記録しました。本当ならエッフェル塔まで見える景色が真っ白です。
またまたルーヴル美術館に戻ってきました。
今日はルーヴルの目玉のひとつ、北方絵画のお話です。

ヨーロッパ大陸の北の方、ドイツ、オランダ、ベルギーなどの絵画を集めた展示室がリシュリュウ翼の2e étage(日本で言う3階)にあります。
リシュリュウ翼のエスカレーターを最上階まで上りつめたところから入ると、1~3の展示室はフランスの絵画となっていますが、向かって左の展示室4からオランダの絵画を見ることができます。

個人的にルーヴルの北方絵画の階はお気に入りのひとつです。
前に見たドゥノン翼の有名絵画は実際に観ると圧倒されるものの、迫力がありすぎて疲れてしまい、最後は「あ、知ってる」「これ教科書で見た」という確認作業になってしまうことが多いのです。
でもここは全体的に作品は小さく、派手さがなく、素朴な静物画もたくさんあって、森の中を散歩しているようなゆったりした気分で観ることができるんです。
もちろん有名な画家の作品はたくさんありますが、ヨーロッパ人の田舎の別荘のサロンに飾ってありそうな、何の変哲もない静物画、風景画、人物画も多くてくつろげるのかもしれません。
それはフランスとかイタリアとかイギリスといった歴史を引っ張って来た大国ではない、自然豊かな北の小さな国々の画家の素朴な視点で描かれた世界だからでしょうか。

日本の実家にいるのと同じ犬が作品に描かれていたりして、そんな動物の描写にもいやされたりしています。
空想上の生き物や本物のような精巧さで描かれた洋服、当時食べていたものなどちょっと変わった面白いモチーフをクローズアップして楽しんだりしています。
f0197072_22451447.jpg

画面にひっそりと描かれた空飛ぶ未確認生物。
f0197072_22454267.jpg

階段広場に展示してある大きな絵。当時の魚屋さんでしょうか。

北方絵画を観るとき、ちょっと頭に入れておきたいのが「宗教」です。
キリスト教であることに変わりはないのですが、それがカトリックかプロテスタントかが重要になってきます。
というのも、16世紀の宗教改革後は単純化するとカトリックが厳粛なキリスト教世界を守り、プロテスタントはその世界観を緩和するような方向に向かうからです。

当時ネーデルランドと呼ばれていた現在のオランダ、ベルギー、ルクセンブルグの地域は、17世紀にこの宗派を巡ってフランドルとオランダに2分します。
フランドルはカトリックだったのでキリスト教色が強く保守的で、反対にオランダはプロテスタントだったので宗教色が弱まり、当時の経済の発展・市民階級の台頭とともに、新しく自由な精神を感じる絵画や当時の市民の風俗が描かれます。

f0197072_22504167.jpg

フランドルの絵画で見逃せないのは展示室18のリュベンスの大作が並べられたお部屋。
王権をカトリックの力とともに強化したこの国で宮廷画家として活躍したリュベンスです。
この作品はフランスのルイ13世のお母さん、『マリードメディシスの生涯』という作品で、色彩豊富でダイナミックで豪華な大作です。
もちろんモチーフが王妃であるからですが、リュベンスが描く女性はふくよかで母性あふれそしてとても上品です。

f0197072_22511252.jpg

人がいっぱいいたので斜めから撮ったら光が入ってしまいました。辛抱強く順番を待って正面から写真を撮らないとダメですね。
オランダ絵画ではやっぱりフェルメールでしょうか。
この作品『レースを編む女』の前にはいつも人だかりができているのですぐにわかるはずですが、すごくすごく小さな作品です。
彼は寡作な作家だったので、フェルメール展をどこかでやるたびに貸し出し中になってしまうことが多いのが難点です。
よく見るとフェルメールブルーと言われる美しい青色のクッションの下から出ている赤と白の糸が結構いい加減に描かれているのです。
ほのぼのとした暖かいフェルメールのまなざしがこの絵にはよく現れています。
f0197072_22501592.jpg

自分の肖像画をたくさん描いたレンブラントも是非観てくださいね。
展示室内に何枚か自画像があるのでレンブラントの顔がどのように老けていくのかをチェックできますよ。

f0197072_2249315.jpg

この人の描く中性的な人物を見ると、浮世絵師の鈴木春信を思い出します。
ドイツ絵画で私が好きなのはクラナッハ。ニュルっとした子供とも大人とも言えない官能的な裸体が特徴です。
後ろの風景もおとぎ話に出てきそうな不思議な建物と湖、肌の白さを一層強調する深緑の木々で、ドイツの森のシンとした空気が伝わってくるようです。

この北方絵画の階は必ず毎日開いているというわけではないようです。
現在は木曜日と金曜日の夜間に一部閉鎖しているみたいですが、スケジュールはよく変わるのでサイトでチェックしてください。
[PR]
by paris_musee | 2009-01-19 00:00 | 有名ミュゼ
<パリ郊外にお出かけ 2 フォンテーヌブロー宮殿 Chateau de Fontainebleau>

先週お伝えしたフォンテーヌブロー宮殿、内部はどんな展示になっているのでしょうか。
何せ8世紀の間増改築を繰り返した宮殿ですので、内部の装飾も様式がバラバラ。
金ピカのゴテゴテで豪華絢爛なものもあれば、パステルカラーの女性的なラブリーな内装もあり、水平線と垂直線の交わる均整のとれた理性的な様式もあれば、統一色に木の色を生かしたシンプルで威厳のある装飾もあります。
いろんな時代の様式が次々と出てくるので、違いにも注目してみてください。

正面のお庭「白馬の中庭」の右側の建物が入り口になります。
入り口でオーディオガイドを借りることができますので、是非日本語のガイドを聞きながら回ってください。

f0197072_1854294.jpg

こんなフレスコ画が壁面にズラリ。ルネサンス時代に象なんて珍しい!と思って撮った一枚です。
絶対に観ておきたいのが「フランソワ1世の回廊(galerie Francois 1er)」。
フランソワ1世は自分の部屋から三位一体修道会の礼拝堂にすぐにいけるようにとこの回廊を作らせたそうです。
回廊の両脇には下に羽目板細工、上部にフレスコ画とそれを取り囲む人物や果物、植物の彫刻(化粧漆喰)で装飾しました。
当時はこういう装飾はまだ珍しく、最先端をいく自慢の回廊だったようです。
羽目板にあるFはもちろんフランソワ1世のF。またフレスコ画はそれぞれ描かれているモチーフに複雑な意味があり、後期ルネサンスの謎めいた寓意がふんだんにちりばめられています。
例えばこの白い象、力と知恵を表していて、足下のコウノトリは国王の母への敬意、3人の若者は空、海、陸という国王が統治する世界を示していると言われています。といわれてもピンと来ませんが、美術史家の間でそういう解釈で一致しているようです。

f0197072_1961010.jpg

このお部屋、本当に広くて天井も立派で、1枚の写真におさめることができませんでした。是非足を運んで実際に観てほしいです!
そして「舞踏会の広間(sallede bal)」もとても天井が高くて豪華な装飾にびっくりするお部屋です。
300㎡のこの大広間で国王はパーティーを開いていました。
コンサートを開いたり、仮面舞踏会が催されたりしたそうです。
食事が終わるとテーブルをどけてダンスフロアに様変わり。
暖炉のところが王と王妃の席。その両脇に狩りの愉しみを描いたフレスコ画があります。

f0197072_1855358.jpg

うしろにあるのが簡易ベッド。ナポレオンは胃が弱かったというし、フカフカのベットでゆっくり睡眠を取っていたらもっと健康だったでしょうね。でも歴史は変わっていたかな。
緑色で統一された「ナポレオンの小部屋」にも注目してみましょう。
ナポレオンは1日3時間しか眠らなかったという逸話があります。
夜遅くまで仕事して仮眠をとるように簡易ベッドで休憩していたそうです。
この部屋は当時有名だった家具職人に特別に作らせた机(一瞬で書類を隠すことができるような仕掛けが施されている)と小さな簡易ベッドがおいてあるだけの部屋です。
ちなみに緑や赤、濃紺に金とマホガニーという明るい色の木の組み合わせはナポレオンが好んだ様式。
机に施されている円や様式化した植物模様もこの時代に特徴的な装飾です。

f0197072_18562050.jpg

この風景は庭園の「序の口」。奥にもっともっと大運河が広がっています。
この宮殿、フォンテーヌブローの森の中に位置していて、国王たちが趣味の狩猟をするときに使っていた宮殿でした。
首都のパリから遠くなく、かつ都会の喧噪から逃れて趣味に没頭できるところ、そんな宮殿がパリ郊外にはいくつかあります。
仕事場というよりも趣味の場所なので、大運河をつくったり、小さな庭を作ったり、劇場を作ったりとくつろぎと愉しみのの空間がいたるところにあります。
17世紀はじめに作られた全長1.2キロにも及ぶ大運河を見てくださいね。
隣接する庭園はヴェルサイユ宮殿も手がけたルノートルによるもの。お天気がよければのんびりとお散歩したい場所です。
他にも英国式庭園やディアナの庭園もあるので足を運んでみてください。

私が行った時はあいにく雨が降って天気がよくなかったのですが、春になったらもう一度天気のいい日に行って当時の王朝をしのんでのんびり歩き回りたいと思います。
[PR]
by paris_musee | 2009-01-12 00:00 | お城ミュゼ
<パリ郊外にお出かけ フォンテーヌブロー宮殿 Chateau de Fontainebleau>

明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。


f0197072_0112995.jpg

8世紀にわたり増改築を繰り返したフォンテーヌブロー宮殿
2009年第一弾はフォンテーヌブロー宮殿Chateau de Fonteinebleauをご紹介したいと思います。
パリから1時間くらいの郊外のお城です。

パリにある旅行会社(日系も)ではフォンテーヌブロー宮殿と近くのバルビゾン村をセットにしたツアーなどをやっているようですので、大型バスで連れてってもらえばラクチンです。
旅慣れている方は電車とバスで難なく行けますので、パリ郊外の車窓をみながらのんびりとご自分で行かれてはいかがでしょう。

パリのリヨン駅Gare de Lyonから郊外行きの電車で35分から40分でフォンテーヌブロー・アヴォン駅Gare de Fontainebleau-Avonに着きます。
ここは終着駅ではなく途中下車となるので乗り過ごさないように気をつけてください。
電車の行き先はSens, Montereau, Montargis, laroche migennes方面行きのどれかに乗ってください。
こちらのサイトで、Point de departに「Gare de Lyon」、Point d'arriveeに「Gare de Fontainebleau-Avon」と入れ、出発日と時間を入れてChercherボタンを押すと正確な時刻が出てくるので、こちらをチェックしていくことをオススメします。

この駅に着いたら地下道を通って正面の入り口改札を出ます。電車の時刻に合わせてA→B Fontainebleau Chateauと書いてあるバス停にバスが待機しているのでそれに乗って10分ほど、左手にお城が見える観光案内所の前で下車してください。
f0197072_011462.jpg

バスからこの景色が見えたらすぐ停留所です。帰りの時刻表もチェックしておきましょう
観光案内所では周辺地図やフォンテーヌブロー宮殿のパンフレットなどがもらえるので(英語版)欲しい人はいろいろもらいましょう。
こちらをご覧ください。このお城、正面入り口からみてもまあまあ大きなお城なのですが、地図にある通り、裏に広大な敷地のお庭や建物があります。せっかく来たのですから時間と体力を残して、忘れずに裏の庭園を散策してくださいね。

さて、このお城はいったい何のお城なのでしょうか。
有名な持ち主を2人挙げてみましょう。
基礎をつくったのが15世紀後半の国王フランソワ1世。その後歴代の王が増改築を繰り返したのがフォンテーヌブロー宮殿です。
このフランソワ1世の名前、美術館などでよく耳にしますが、レオナルド・ダ・ヴィンチをフランスに招いた張本人です。
そしてレオナルドが肌身離さず持っていた『モナ・リザ』を買い取り保管していたのがこのお城だと言われています。
フランソワ1世時代のルネサンス様式の建築や、60mの長さのルネサンス式回廊(Galerie Francois 1er)が残っています。
f0197072_01191.jpg

フランソワ1世の回廊。両脇にルネサンスのフレスコ画がたくさん並んでいます
ちなみに、フランスにイタリア発のルネサンスが入って来たのはちょっと遅く、ギリシャ・ローマの古典をお手本にし均整のとれた肉体表現がこちらに来ると少々間延びして9等身くらいの人物像が目立ちます。
知性や理性に重きを置きすぎて、モチーフのひとつひとつに意味を持たせるなど作品の解釈が難解になっていくのも特徴です。
このような後期のルネサンスをとくにマニエリスムとかフォンテーヌブロー派なんて言ったりします。
そう、ここフォンテーヌブローがフランスルネサンスの舞台となったのですね。
フランスのルネサンスの功労者はもちろんフランソワ1世です。

そして19世紀のはじめ、フォンテーヌブロー宮殿はまた歴史の舞台になります。
ナポレオン・ボナパルト皇帝がここを改修させるのです。
国王一家の出身でもないナポレオンは革命後の混乱の中、めきめきと力をつけてついに皇帝の座についた人物です。
でも皇帝の権威を見せつけるためには、歴代国王のようにヴェルサイユ宮殿のような「豪華なお城の主」になる必要があったんですね。
けれど革命後のフォンテーヌブロー宮殿は荒廃し、一時倉庫や刑務所にもなったりしていたほどで、もともとあった装飾品は盗まれたり燃やされたり壊されてしまっていました。
ナポレオンがここに住めるようにする改修は大変なものでしたが短期間で修理をさせました。
40のお部屋を作らせ、週に2回のオペラを上演させたといいます。
このフォンテーヌブロー宮殿には、ナポレオンが権威を示すために用いた「ナポレオン様式」なる家具がたくさん残されています。
ナポレオンがここに住んだのはわずかな期間でしたが、亡命する直前に正面にある馬蹄形の階段で護衛兵に有名な別れの演説をしてここを去っていきました。

ちなみにこのブログでも何回か登場している甥っ子のナポレオン3世が洗礼を受けたのはここだそうです。
王妃のウジェニーも彼に作ってもらった小劇場で観劇をするのを好み、交流のあったシャム王(タイにあった王朝)からもらった珍しいプレゼントを飾るシノワの部屋で過ごしたのです。

8世紀の長きにわたって歴代の国王が増改築を繰り返し、今ではフランスで最大級のお城と言われています。
1981年には世界遺産にも指定され、ちょっとアクセスは不便ですが時間があれば観ておきたいお城のひとつだと思います。


Chateau Fontainebleau
住所:Château de Fontainebleau 77300 Fontainebleau
電話:01 60 71 50 70
閉館日:毎週火曜日、1月1日、5月1日、12月25日
開館時間:
お城 10月から3月 9時30分から17時まで / 4月から9月 9時30分から18時まで
庭園 11月から2月 9時から17時まで / 3,4,10月 18時まで / 5月から9月まで 19時まで
料金:8ユーロ
18歳未満、毎月第1日曜日は無料。
チケットを見せるとオーディオガイドを無料で貸してくれます。(入場無料のときは1ユーロ)
[PR]
by paris_musee | 2009-01-05 00:00 | お城ミュゼ