パリにあるとっておきミュゼをご案内します
by paris_musee
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
カテゴリ
有名ミュゼ
お城ミュゼ
邸宅ミュゼ
テーマミュゼ
企画展
ミュゼ以外の歴史的建造物
その他
以前の記事
2010年 04月
2010年 03月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
検索
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
<   2009年 06月 ( 4 )   > この月の画像一覧
フランス貴族の暮らし ニッシム・ド・カモンド美術館 Musée Nissim de Camondo

私の知り合いにひとり貴族がいるのですが、なかなか面と向かって「どんな暮らしをしてるの?」なんて聞けないもの。
いろいろな話をつなぎ合わせると、彼は労働をしたことがなく、一家所有の不動産を管理させて暮らしているようです。
仕事と言えば、貧しい国へ慰問旅行。年に数ヶ月はパリを離れているのだそうです。
貴族らしからぬラフな格好をしているし、たまーに会うくらいなのでプライベートなことは話さないし、貴族の暮らしは謎に包まれたまま。
労働するのは一家の恥と考えられているらしく、かといって一家の財産にかかる税金が大変なので、貴族の暮らしぶりも楽じゃない、とテレビでやっていたのを見たことがあります。
やっぱり浮世離れした生活なのでしょうか?

f0197072_2291234.jpg

流しにはフルーツや本物(?)のフルーツの砂糖漬けの瓶が置かれ、生活ぶりが伺える演出をしています
でもニッシム・ド・カモンド美術館に行くと、戦前の貴族の暮らしぶりがちょっと想像できるかもしれません。
この美術館で絶対見ておきたいのが、台所とお風呂場。
台所は地階の奥にあって、ちょっと古めかしい大げさなキッチンになっています。
ピカピカに磨かれた銅製のフライパンやお鍋が壁にかけられています。
もちろん食事は食事担当の召使いの仕事。大きなオーブンや流し、デザートを作るためのお部屋もあります。
召使いが食事をするお部屋なんかもありました。
公開はされていませんが、冷蔵庫部屋や貯蔵庫なんかもあります。

f0197072_2210254.jpg

インテリア雑誌に出てきそうな感じ
お風呂場は2階(日本式の3階)の家族のプライベートルームにあります。
白にブルーの地中海風のタイルが美しい、意外とモダンなバスルームなんですね。
エナメル加工されたお風呂に足湯、ビデもついてて、キャビネットもシンプルで機能的。
さすがに台所とお風呂場は機能優先で18世紀様式ではないですね。

f0197072_2211784.jpg

奥に見える女性の肖像画を描いたのは、マリー・アントワネットが重用した女性肖像画家によるもの
この邸宅は1階(日本式2階)が、大サロンや食堂などお客様を招待するときに使う部屋がある階になっています。
どのお部屋も階段広場(ギャラリー)を望むことができる開放感ある設計です。
玄関でお迎えしたお客様をそのまま階段(これもプチトリアノンにある階段にそっくり)で上に上がっていただいて、
素敵な絵画や家具やオブジェがたくさんあるサロンで談笑してたのでしょうね。
どの部屋も豪華ではあるけれど、お客さんと親密な距離を保てそうな適度な大きさの部屋ばかりです。
そして彼らの自慢の18世紀の新古典主義スタイルのソファや机、椅子、棚などが所狭しと置かれています。
新古典主義のスタイルは、脚が細くまっすぐだったり、装飾がどこかギリシャローマの建築を思わせるようなものだったりします。
幾何学模様の寄木細工の家具もこの時代によく作られました。
色もオフホワイトやパステルブルーなんかが多いですね。

f0197072_2212546.jpg

写真には写ってませんが、薄いグリーンの壁に薄いピンクのカーテンの組み合わせがとってもかわいらしかったです
順路に沿っていくと最後にある薄いグリーンの大食堂に注目です。お客様とのディナーを楽しむお部屋。
お庭に向かっての開放感もさることながら、鏡もあって広々とした空間になっています。
そしてお料理を引き立たせるためか、装飾は他の部屋に比べてちょっと控えめ。
地階でつくられた食事は、食事用エレベーターで1階に運ばれ(食堂の横にこの「待機室」があります)、サービス係が最後の盛りつけなどをしてちょうどいいタイミングでテーブルに運ばれます。
19世紀の貴族の食事は、だいたい5つのサービスからなっていたそうです。
1)スープ、テリーヌ、シチュー 
2)ソースのかかった肉料理、魚料理
3)大きな塩味のデザート、中くらいの甘いデザート、ロースト、サラダ
4)温野菜、パイ
5)チーズのデザート、チーズ、煮込んだ果物、クリーム、アイスクリーム、ジャム、果物
これがサービスの中身です。デザートが多いですよね?
全部食べる人はいないけれど、どんな食いしんぼうも、偏食の人も満足できるように、毎回50から100種類の料理が用意されました。
隣のお皿のギャラリーにある、18世紀のbuffonという鳥をモチーフにした高級食器や銀器を使いながら、好きなものを好きなだけ食べたのだそうです。
中央には塩やスパイス、オイル、ヴィネガーなどと、花や陶器などの装飾がされていたようです。
賑やかだったでしょうね。一度はそんなお食事会に呼ばれてみたい!

f0197072_2213830.jpg

建物の真ん中に位置する図書室の窓からは、小さなフランス式庭園とその向こうにモンソー公園が見えて落ち着きます
邸宅の2階(日本式3階)は家族のプライベートルーム。サロンや寝室、書斎などがあります。
やはりどの部屋からもギャラリーが見えるようになっていて家族の交流がとりやすい構造になっています。
中央に図書室を設けて、お庭をみながら読書ができるようになってるのは素敵。
プライベートルームはどれも仰々しさがなくて、のんびりできそうです。
ちなみに、モイズ(父)とニッシム(息子)の部屋しかないのですが、これは奥さんと離婚し、娘が嫁いだあとの、モイズの晩年の家をそのまま美術館にしたからでしょう。
ニッシムが戦争で亡くなった後、この大きなお屋敷でひとり過ごさなければならなかった父モイズの晩年は、
きっと寂しいものだったでしょうね。

いかがでしたか?
貴族の暮らし、ちょっとは想像できたでしょうか?
プライベートルームは木目を生かした家具が多くて、おちついた部屋が多かったです。
対しておもてなし部屋の方は、金色で縁取られ、花や植物模様の派手な家具やボワズリーが多く、とてもきらびやかでした。
プライベートのなかった王室とは違って、オンとオフをきっちり分けることができてたんだと思います。
ものすごいお金持ちなのは確かですが、生活は私たちとそんなにはかけ離れてなかったのかもしれません。


Musée Nissim de Camondo公式サイト (英語)

63 rue de Monceau 75008
メトロ 2番線 MonceauまたはVillier
閉館日 月曜日、火曜日
開館時間 10時から17時30分まで
入場料 6ユーロ(日本語のオーディオガイド込み)

[PR]
by paris_musee | 2009-06-29 00:00 | 邸宅ミュゼ
20世紀の18世紀風邸宅!? ニッシム・ド・カモンド美術館 Musée Nissim de Camondo

パリも晴れと雨を繰り返しながら、どんどん夏に近づいて来ています。
そんな晴天の昼下がり、お散歩がてら優雅な邸宅美術館に行ってきました。
この界隈は今も昔もお金持ちが住むところ。
この邸宅もド・カモンド家の持ち物で、趣味のいい豪華な家具で埋め尽くされた素敵なおうちです。
f0197072_2211324.jpg

モンソー通りに面した門をくぐると、その奥に邸宅があります 通りに面していないゆったりとした設計がいかにも貴族の邸宅らしい
ユダヤ人だったド・カモンド家は19世紀、オスマン帝国のコンスタンチノープルでもっとも成功した銀行家のひとつでした。
仕事でパリにちょくちょく訪れるので、当時お金持ちしか住めない高級住宅地、モンソー公園周辺にあるこの家を購入しました。
1911年息子のモイズがここを相続すると、第2帝政時代のきらびやかな様式を嫌い、建築家に頼んで新古典主義様式のシンプルな邸宅に改装します。
建物の外装がどこかに似ているなーと思ったんですが、彼がモデルとしたのはマリー・アントワネットの別宅、プチ・トリアノン。
内部の壁の装飾、集められた家具や装飾品などもマリー・アントワネットの趣味と同じ。
よく見ると、彼女が重用した家具職人や画家などの作品ばかりです。
20年以上をかけて、最高級の18世紀家具を収集したんだそう。
モイズは19世紀後半から20世紀前半を生きた人物ながら、18世紀の様式を好んだのでした。
18世紀の家具装飾品がこれほどまで集められて一般公開されているの美術館もなかなかありません。
f0197072_22343724.jpg

これは建物中央に位置し、小さなフランス式庭園とモンソー公園がのぞめるサロン。自然をモチーフにした7枚のhuetの絵を飾るために、このような円形の設計にしたとか
ちなみに、19世紀にお金持ちの間で18世紀の様式が大流行りします。
ナポレオン3世の王妃までマリー・アントワネットは趣味がいい!と賞賛するので、流行に拍車がかかりました。
みんなこぞって新古典主義様式の家具を買いあさり、市場ではどんどん高値がつきました。
が、にわか愛好家はすぐに飽きてしまい、みんなオークションで売り払ってしまいます。
本当に18世紀工芸美術が大好きだったモイズは、安くなったこれら家具を熱心に集めました。
流行にちょっと遅れて収集したので、いいものが安価にたくさん手に入れることができたようです。

このモイズさん、すばらしい居室に家族とともに住み、仕事は順風満帆、パリでの知名度も上り調子でした。
しかし、のちに奥さんが他の男性のもとに行ってしまい、さらには一人息子のニッシムまでも戦争で帰らぬ人となりました。
もうひとりの娘は嫁いでしまい、ド・カモンド家を継ぐ人はいませんでいした。
手塩にかけて育てたニッシムの死を悼み、邸宅にあるこれらすべての家具装飾品を「ニッシム・ド・カモンド美術館」として寄贈すると遺言状に残して1935年にモイズは亡くなりました。
そして翌年、1936年に遺言状通り、ニッシム・ド・カモンド美術館は彼らが暮らしていた当時の姿のまま美術館として一般公開されています。
残念ながら一人娘のベアトリスもご主人もその子供もアウシュビッツ収容所で亡くなり、ド・カモンド家の血筋は途絶えてしまいました。

f0197072_22333215.jpg

玄関を入ると大理石のダミエ模様の床が目を引く玄関ホールが これもプチ・トリアノンっぽい
この美術館の入場料は現在6ユーロ。
オーディオガイドを無料で貸し出してくれて、日本語で解説を聞くことができます。
収蔵品の豪華さやみどころの多さを考えると、とってもお得です。
とはいっても、よーく見学しても1時間半くらいで見終わるでしょうか。
ちょっと見学をして、帰りに「裏庭」であるモンソー公園の芝生で一休みするのもいいですよ。

それでは次回は、もうちょっと展示室の作品をご紹介していきたいと思います。
マリー・アントワネットの続きは再来週お送りします。

Musée Nissim de Camondo公式サイト (英語)

63 rue de Monceau 75008
メトロ 2番線 MonceauまたはVillier
閉館日 月曜日、火曜日
開館時間 10時から17時30分まで
入場料 6ユーロ(日本語のオーディオガイド込み)

[PR]
by paris_musee | 2009-06-22 00:00 | 邸宅ミュゼ
マリー・アントワネットを訪ねて ヴェルサイユ宮殿 ー王妃の村里ー Chateau de Versailles
先週はプチ・トリアノン宮殿をご紹介しましたが、今回はマリー・アントワネットの離宮コースのその他の場所をご紹介します。

f0197072_543726.jpg

★フランス式庭園 Jardin francais★
プチ・トリアノン宮殿のまわりにあるのが、幾何学的に剪定されたお庭。
いろんな花が咲いていて、マリー・アントワネットが大好きだったバラの花も植えられています。
もともとは羊がいたりしたのですが、ルイ15世がフランス式庭園に作り替えさせたのです。

f0197072_5454941.jpg

★パヴィヨン・フランセ Pavillon francais★
フランス式庭園の奥にあるのがこの八角形の建物。
遊びと軽食をとるための建物で、中央にはグリーンと金の装飾が豪華なサロンと、脇に衣装部屋や暖房室などが置かれています。

f0197072_5481117.jpg

★王妃の劇場 Theatre de la Reine★
建物はまあまあ大きいのですが、見学できる(中には入れません)観客席と舞台は本当に小さくて可愛らしい!
外装、玄関ホールはシンプルですが、ブルーと金のゴージャスな装飾です。
オペラが大好きだったマリー・アントワネットは自らこの舞台に立って、選りすぐりのお友達だけを招待しました。

ここで、プチトリアノンの方まで引き返して、池の方へ進みましょう。
f0197072_5463416.jpg

★岩 Rocher★
上から水が滴り落ちる構造の大きな岩です。
f0197072_5413819.jpg

★ベルヴェデーレ Belvedere★
夏に涼むため、音楽鑑賞をするための八角形の、ドームを頂く建物。
池のそばの丘に建てられ、4つの階段にスフィンクス像が置かれています。
中は白と茶色で音楽をテーマにした模様が描かれています。
★洞窟 Grotte★
ベルヴェデーレを背に左側の茂みの中に入って行くと、Grotteの表示があります。
その突き当たりに小さな洞窟が。
場所が分かりにくい上に、足下もガタガタしているので注意してください。
でも内部はなにもありません。ちょっと拍子抜け?
王妃はあんなドレスを着て、ここにたどり着くことができたのでしょうか??

★温室 Orangerie★
Grotteを出て少し広い道にでたら左に曲がって直進します。
見えて来た建物がOrangerie。
その周辺はかなり広いお庭になっていて、庭師が住み込みでいろいろな植物の研究をしていたそうです。
ルイ15世の時代、ヴェルサイユでは4000種以上の珍しい植物や野菜、果物を世界各国から集め、世界でもトップクラスの研究機関になっていたそうです。
その植物たちはその後、パリの植物園にも運ばれて研究が続けられています。

★イギリス式庭園 Jardin anglais★
フランス式庭園が幾何学的に剪定したりして、自然を人工的に形作るのに対し、自然そのままにさまざまな植物を植えるのをイギリス式庭園といいます。
とっても広大なイギリス式庭園(というか野原)があり、向こうの方に茶色い建物が見え隠れしています。
ここにあるのは人工的につくった川や池です。
フランス王妃であるマリー・アントワネットはイギリス式庭園をも「人工的に」形作ったのですね。

さて、子供が産まれてからのマリー・アントワネットは、それまでの浪費癖を改め、ナチュラルでシンプルな生活を始めます。
当時フランスではジャン・ジャック・ルソーという思想家が謳った「自然回帰」が流行っていて、マリー・アントワネットも自然と共存する生活に憧れました。
そして作らせたのが王妃の村里、アモーです。
f0197072_5435764.jpg

★農家 La ferme★
え?ヴェルサイユ宮殿に??と驚いてしまいますが、マリー・アントワネットが作らせた村里には、実際の農民を住まわせた農家があります。
その周りには今でも牛やニワトリ、ガチョウ、クジャク、ブタなどが飼育され、ブドウ畑や野菜畑などがあります。
搾りたての牛乳、生みたての卵、とれたての野菜、ここで収穫された食物がヴェルサイユ宮殿の食卓に上ることも多々あったそう。
今では親子連れの楽しい散歩コースになっています。

f0197072_5422795.jpg

★王妃の村里 Hameau de la Reine★
池の周りに集まっている藁葺きの建物は、マリー・アントワネットの田舎遊びごっこのために作られたものです。
池に船を浮かべて粉挽き水車が回るのを眺めたり、高台から村里の様子を見下ろしたり、鳩小屋や乳製品を搾乳場もあります。
ビリヤードをする場所、王妃の家、女中の家、護衛の家など、彼女の生活に必要なものも田舎風にしてここに置かれました。
f0197072_5444057.jpg

マリー・アントワネットはコルセットをキツくしめたシルクのドレスを脱ぎ捨て、柔らかいモスリンのドレスに麦わら帽子という格好で、この村里でサービスされる新鮮な牛乳を飲んだり、池に浮かべたボートに乗ったりしていたそうです。
彼女の描く理想の田園風景、田舎生活がここにありました。
幼少のころの家族と避暑地に出かけ緑の中をかけずりまわって自然と戯れた懐かしさを、このアモーで感じていたのかもしれません。
でも国民がリアルにこれ以上に貧しい生活を強いられている時に、あえてこのような質素な田舎遊びに莫大な税金を費やしたことは、
いかに彼女たち王侯貴族が世間離れしているかわかりますよね。
この中の家はどれも内部が見学できませんが、200年前の最新のテーマパーク、結構楽しめます。
貴族がこういったニセの村里で疑似田舎生活体験をするのが当時の粋な遊びでした。
中にはみずから農民のような衣装に身を包んで肖像画を描かせた人もいますが、
王妃は農民たちがそういった生活をしているのを外から眺める傍観者どまりだったそうです。

f0197072_5473372.jpg

★愛の殿堂 Temple de l'Amour★
12本の柱に支えられてドームを頂いたギリシャローマにありそうなクラシカルな建物です。
王妃の寝室から見えたのがこれ。
中央にキューピッド像があるのでこの名が付けられました。

いかがでしたか?
王妃の村里まで歩くと結構な運動になりますが、天気がよかったら是非ハイキングのつもりで回ってみてください。
何もかも与えられて不自由ないはずの王妃ですが、きっと足りないものがあったんでしょうね。
それを埋めるようにプチトリアノンにこもって、お気に入りしか出入りを許さず、田舎遊びに興じていたのかもしれません。
マリー・アントワネットが何を考え、何を感じてこの離宮を作らせたのか、ここを歩いているとなんとなくわかる気がします。


Château de Versailles 公式サイト(日本語)

住所:Place d'Armes
78000 Versailles
電話 :33 (0) 1 30 83 78 00
最寄り駅:RER C線Versailles-rive-gauche-château下車
開館時間:
 ヴェルサイユ宮殿 9:00から18:00まで  毎週月曜日休館 
 プチトリアノンおよびマリーアントワネットの離宮 12:00から18:00まで (基本的に休館日なし)
 グラントリアノン 12:00から18:00まで (基本的に休館日なし)
   *冬期営業時間は少し短くなります。サイトでご確認ください。

[PR]
by paris_musee | 2009-06-15 00:00 | お城ミュゼ
マリー・アントワネットを訪ねて ヴェルサイユ宮殿 ープチ・トリアノン宮殿ー Chateau de Versailles
先週はコンピューターが壊れてしまって更新ができませんでした。ごめんなさい。
今日こそヴェルサイユ宮殿のプチトリアノン宮殿のお話です。

マリー・アントワネットはオーストリアのハプスブルグ家とフランスのブルボン家の政略結婚のために、
わずか14歳でヴェルサイユ宮殿にやってきます。
自由奔放に育てられおてんばだったマリー・アントワネットは、
フランスの伝統儀式でがんじがらめの生活が窮屈だったといいます。
世継ぎを産むのが仕事なのに、旦那のルイ16世は錠前作りと狩猟と食べること以外に興味はなく、
結婚後7年も子供が産まれませんでした。
ルイ15世が亡くなると若いマリー・アントワネットやルイ16世に実権が移り、
彼女にとってわずらわしい人物や慣習はヴェルサイユ宮殿から姿を消します。
子供が産まれないプレッシャーからか、マリー・アントワネットは賭け事やファッション、仮面舞踏会などにハマっていくんです。
こういったことが「浪費家マリー・アントワネット」というイメージダウンへつながり、
革命時には取り返しのつかないことになってしまいました。

やっと子供ができるのですが、残念ながら女の子。
でも母になったことで責任感が生まれたのか、享楽的な遊びは減り、
当時流行っていた「自然回帰」のナチュラルでシンプルな生活に変化します。
その変化の舞台になったのが、マリー・アントワネットの離宮という見学コース。

f0197072_5303790.jpg

外観はすごくシンプルなプチ・トリアノン宮殿
今回ご紹介するプチ・トリアノン宮殿はこの中にあります。
ルイ16世が「君は花が好きだね。僕は君に花束をあげよう、ほら、プチトリアノンだ」と結婚のお祝いにプレゼントしてくれたのだそうです。

実はこの宮殿は2008年に修復されたばかりなんです。
この修復でマリー・アントワネットが使用していた当時とほぼ同じ寝室、家具、使用人の部屋や絵画装飾品が再現されたので、
是非新しくなったプチ・トリアノンまで足をのばしてみてください。
ヴェルサイユの宮殿からは敷地内の公園に向かって右斜め上方向です。
かなり離れていますので、園内を周遊しているプチトランに乗るとラクチンです。
移動距離は1.5キロ、25分かかると書いてありますが、もっとかかるように感じるので覚悟してくださいね。

ここはもともとルイ15世が愛妾ポンパドール夫人のために作らせたのですが、完成を見ぬまま夫人が死去、
その後も彼の次の愛妾デュバリー夫人などが使用していました。
ルイ15世の死後、ルイ16世からマリー・アントワネットにプレゼントされたのです。
プチトリアノンは建てられた時期もロココから新古典主義に変わる移行期で、
外観も内装もマリー・アントワネットの趣味に合ったシンプルですっきりとした新古典主義の様式になっています。

建物は3階建てで上から見ると正方形の形をしています。
この1階(日本式2階)にあるのは控えの間、大食堂、小食堂(ビリアード部屋)、音楽のサロン(マリーアントワネットがお気に入りの友達と過ごしたばしょでもあります)、王妃の寝室。
ヴェルサイユの大宮殿からすると装飾も控えめで部屋も小さく、落ち着いて友達とおしゃべりができそうな親密な空間になっています。
2階(日本式3階)には控えの間、ルイ16世の寝室、書斎、そして他の家族やお客さん用の部屋が用意されています。
残念ながら2階は一般公開されていません。

順路通りに進んで行きましょう。
入り口を入るとすぐ左にお土産屋さん、インフォメーションと続き、ロの字になった中庭に出ます。
すぐ左がチャペル。とってもシンプルです。
その後入場料を払って(インターネットでチケットを買った人はその列をムシして)、いよいよプチトリアノン内部へ。
(チケット売り場の先、左側にお手洗いがあります)

★護衛の間 Salle de Gardes★
当時はガードマンの棚や簡易ベットやマットレス、毛布なんかが置いてあったそうですが、
今はルイ17世になるはずだったルイ・シャルルが使っていたゆりかごや、
子供の頃のマリー・アントワネットの絵画が飾られています。
この絵画、1765年に彼女の兄、ヨーゼフ2世が結婚した時のウィーンのシェーンブルン宮殿での様子を、10年以上たった後にマリー・アントワネットが描かせたものだそうです。
プチトリアノンの食堂に飾っていました。
暖炉の上の石膏像は、このプチトリアノンを設計したジャック・ガブリエルさんです。

f0197072_5242399.jpg

MとAの文字が重なってるの、わかりますか?これがマリー・アントワネットのマークです
★階段広間 Escalier★
錬鉄に金を施した美しい手すりの階段があります。
この手すりの模様、王家を表す百合の紋章とマリー・アントワネットのマークMAがデザインされています。

その奥は給仕係のためのお部屋が続きます。
銀食器やセーブル焼のお皿を展示してある部屋、食べ物を温めるための部屋Recahuffoirなどです。

f0197072_5234536.jpg

この絵を描いた肖像画家は、マリー・アントワネットの表情をとてもよく描くので彼女のお気に入りの画家だったといいます
また階段のところに戻って上にあがりましょう。上がったところの壁にメデューサのレリーフがあります。
★控えの間 Antichambre★
こちらの部屋には、大理石の像がふたつあります。
向かって右がマリー・アントワネットのお兄さんのヨーゼフ2世、左が旦那様で国王のルイ16世です。
置いてあるふたつのテーブルはマリー・アントワネットのもの。鹿の脚になってるのもありますね。
掛けてある絵画ですが、エリザベス・ヴィジェ・ル・ブランという女性画家に描かせた『バラを持つ王妃』。
とても美しく描かれていて、本人も大のお気に入りの絵でした。
f0197072_5255118.jpg

ほぼすべての部屋に共通する、薄ーいグリーンと白の壁の飾り(ボワズリーといいます)。
プチ・トリアノンのコンセプトカラーになっています。
モチーフも花と果物で女性らしいボワズリーですよね。

f0197072_528116.jpg

とっても大きな絵画が4枚、この部屋には飾られています。
★大食堂 Grande salle a manger★
この大きな部屋はルイ15世が食事をした食堂です。
暖炉の上にはセーヴル焼きのマリー・アントワネット像が。
ルイ16世時代のシャンデリアも豪華です。
壁にかかっているのは、『漁』『収穫』『猟』『ブドウの収穫』がテーマになった4枚の絵画。
食堂では食にちなんだ絵画を飾るのが常でした。
ちなみに、この部屋には一瞬で食事を出現させてしまう魔法のテーブルが完成するはずだったのですが、お金がかかりすぎて断念。
0階から食事の乗ったテーブルをここまで持ち上げる機械仕掛けだったのです。

f0197072_5284189.jpg

ポンパドール夫人の肖像画と暖炉
★小食堂 Petite salle a manger★
大食堂に続くのが、小食堂。マリー・アントワネットはここをビリアード室としても使用しました。
ここにあるテーブルや椅子は、彼女が作った村里(来週ご紹介します)の食堂に置いていたものです。
壁にかかっている絵画はロココの女王とも言われる、ルイ15世の愛妾ポンパドール夫人と、ルイ15世の肖像画です。

f0197072_5264395.jpg

★お供の間 Salon de compagnie★
マリー・アントワネットが仲のいい友達とゲームや音楽を楽しんだ、プチトリアノンのメインとなるお部屋。
ピアノやハープが置かれています。
使われているファブリックは18世紀の国王のお城では常連の、リヨン産3色のダマスクス織り。
肘掛け椅子、碁盤目状のテーブル、ランプ、はマリー・アントワネットのもの。
飾ってある絵画は「変身」がテーマのものです。

f0197072_5272196.jpg

とても小さな部屋ですが、愛の殿堂やお庭がきれいに見えるし、くつろげる暖かい雰囲気のファブリックです
★寝室 Chambre a coucher★
ルイ15世の最後の愛妾デュ・バリー夫人と、その後マリー・アントワネットが使用した寝室です。
マリー・アントワネットは家具などを新調し、稲穂をモチーフにしたシンプルで自然をイメージしたものに作り替えています。
ベットは当時のものではありませんが、マリー・アントワネットを彷彿とさせるファブリックが使われています。
マホガニー製の宝箱は彼女のもの。
窓からお庭に作られた「愛の殿堂」が見えますよね。

f0197072_5251539.jpg

かなり大きなビリヤード台と王室一家の肖像画のシンプルなお部屋
また階段を下りて出口手前の左の部屋に入ります。
★ビリヤードの間 Salle de billard★
ルイ15世のビリヤード台があります。マリー・アントワネットはビリヤードの部屋を1階の小食堂に移動しました。
ここにもマリー・アントワネットの石膏像があります。
壁にかかっているのはルイ16世とマリー・アントワネット国王一家の1781年当時の肖像画です。

いかがでしたか?
オーストリアでのびのびと育ったマリー・アントワネットが、
誰でも入って来れていつでも人目に晒される儀式ばかりのわずらわしいヴェルサイユ宮殿を離れて
安息を求めたのがここプチ・トリアノン宮殿。
王のルイ16世でさえも、彼女の招待がなければこの宮殿に入ることは許されませんでした。
自分の大好きな友達だけを集めて、音楽を聴いたり、ビリヤードを楽しんだり、お茶をしながらおしゃべりしたり、
親密で心から安心できる時間を過ごしていたのでしょうね。


Château de Versailles 公式サイト(日本語)

住所:Place d'Armes
78000 Versailles
電話 :33 (0) 1 30 83 78 00
最寄り駅:RER C線Versailles-rive-gauche-château下車
開館時間:
 ヴェルサイユ宮殿 9:00から18:00まで  毎週月曜日休館 
 プチトリアノンおよびマリーアントワネットの離宮 12:00から18:00まで (基本的に休館日なし)
 グラントリアノン 12:00から18:00まで (基本的に休館日なし)
   *冬期営業時間は少し短くなります。サイトでご確認ください。

[PR]
by paris_musee | 2009-06-08 00:00 | お城ミュゼ