パリにあるとっておきミュゼをご案内します
by paris_musee
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<再びオペラ座へ オルセー美術館 Part 4  Musée d'Orsay>

以前オペラ・ガルニエについてお話ししましたが、オルセー美術館にはオペラ座に関するコーナーが設けられていて、絵画や彫刻の鑑賞に飽きちゃった人たちの楽しい発見の場になっています。
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みんなこのガラスの上に立って、下を覗き込んでいます
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よく見るとオペラ座の俯瞰模型が!丸い屋根があるのがオペラ座
0階の中央の彫刻作品がたくさんある通路のつきあたりにあるのは、このコーナーの目玉、『オペラ俯瞰模型』と『オペラ座の断面図』。
人が大勢立ちすくんで足下をみているのですが、地下にある模型を0階のガラスばりの床から文字通り俯瞰するというしくみです。
中央にオペラ座があります。
オペラ座だけでなく、オペラ周辺の建物も道路も再現されているので、このへんがギャラリー・ラファイエットだ!とか、ここのレストランで昨日ご飯を食べたとか、宿泊している場所なんかを探してみるのも面白いと思います。
ちなみにパリの建物は道路に向かって一直線に並んでいますが、個々の建物(同じ住所)は中庭があって奥に深かったりして、「ロ」の字型をしているものが多いのです。
日本とは違う建物の並びを是非チェックしてくださいね。

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こちらはオペラ座の断面模型
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入り口から大階段のクローズアップです
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観客席のクローズアップ
俯瞰模型の向こうには、またまた黒山の人だかりの写真スポットがあります。そう、オペラ座の”輪切り”。
上から見たオペラ座を今度は横から見てみようというわけです。
右端(2階部分)にはオペラ通りに面したミニ鏡の間、となりに入り口から続く大理石の大階段、中央に赤いベルベット仕立ての豪華なオペラ座の客席、隣は舞台となっています。
舞台は天井も奈落も、さまざまな上演に対応できるようにたくさんの仕掛けがしてあるのがわかると思います。
こんなに天井が高く、地下が深いとは思いませんでした。
このミニチュアは完成当時のもの。客席の天井画は今とは違います。
残念ながらここには『オペラ座の怪人』で落下する巨大なシャンデリアもありませんね。

その2大おもしろスポットの右には、舞台の天井上と地下のしかけの拡大模型があります。
そしてそれを囲むように、いくつかの有名な演目の演出例が小さな模型で再現してあります。
ボタンを押せば音楽が鳴って中の人形やカーテン、大道具が動くようなシステムにしたら子供も(大人も)大喜びなんですが、ここは地味で動くしかけはありません。

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この人がシャルル・ガルニエ氏。
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今はお目にかかれない、建設当初の天井画
2大おもしろスポットの左には設計者のシャルル・ガルニエ氏の肖像画と、昔の天井画のプランがあります。
天使や女神たちが空に向かってのぼって行くような構図で描かれた典型的な天井画です。
現在の天井画は20世紀のロシア出身の画家マルク・シャガールの幻想的な作品で覆われていますが、1964 年以前の天井画はこのような感じでした。
今でもシャガールの絵画の裏に潜んでいるそうですよ。

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カルポーの『ダンス』 写真はオルセー美術館の公式サイトからお借りしました
そしてこのコーナーの周りには、オペラ座を装飾している彫刻の原型や複製が展示してあります。
中でも有名なのがパリのオペラ座の右のファサードを飾っていた彫刻作品、ジャン=バティスト・カルポー作の『ダンス(La danse)』。
彼は1854年にローマ賞を獲得します。そのイタリア滞在中、ミケランジェロやラファエロ、バロック時代のダイナミックな彫刻に影響を受け、ナポレオン3世からも注文を受けるような彫刻家でした。
オペラ座の建築家シャルル・ガルニエはファサードを飾る彫刻を、当時ローマ賞をとり有名だった彫刻家4人に依頼します。
しかしできあがったカルポーの作品が、他の3つに比べ踊り戯れている裸体表現が官能的すぎ、バランスも悪いといってスキャンダルになってしまうんです。
オペラ座に設置された1ヶ月後、反対する人からインクを投げつけられるという事件まで起こります。
結局1870年に戦争が始まり、本人カルポーも亡くなったことでこの論争は鎮火しました。
現在オペラ座には風雨にさらされても大丈夫なように1964年以降複製が置かれていて、こちらオルセー美術館にあるのがホンモノです。
そんなエピソードをふまえて見ると、確かに右端の女性のふくよかな体は伝統的な女神の理想的なスタイルとはかけ離れているし、ちょっといたずらっぽい笑みが生々しいですよね。
ちなみにカルポーの彫刻作品はオルセーにはいくつかありますので、探してみてください。


いかがでしたか?
オペラ座の建築は19世紀の中でもとりわけ時間と費用をたっぷりかけた大事業だったことがこの特別コーナーからうかがえます。
1週間以内にオルセー美術館のチケットを見せればオペラ座の内部見学の料金が割引になるので、オルセーのミニチュアで観たものを確かめに足を運んでみるのもいいかもしれません。
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by paris_musee | 2009-03-09 00:00 | 有名ミュゼ
<印象派前の絵画は? オルセー美術館 Part3 Musée d'Orsay>


オルセー美術館はとにもかくにも「印象派」の作品がたくさんあってすばらしいのですが、1848年からの作品が展示されているので印象派前夜の作品も観なくては損!
実際にチケットを購入して館内に入ると、0階(地上階)の展示室は印象派以前の作品にあてられています。
中央の吹き抜けの通路は彫刻作品でいっぱいですが、両脇の展示室にはあっと驚く作品がさりげなーく展示されているのです。
では、簡単ですが一つ一つの展示室を観て行きましょう。

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アングルの『泉』
<展示室1>アングルとアングル派
アングルの作品はルーヴル美術館にもたくさんありますが、こちらでは『泉』(la source)が観られます。
デッサンを重視し、製作には写真を用いたりしていたほどなのですが、「本物そっくりに描いたものが絵画として美しいとは限らない」ということで本物からちょっとバランスを崩したり、デフォルメしたりして描くのが特徴です。

<展示室2>ドラクロワ
ドラクロワはロマン主義の画家。
アングルやダヴィット(ルーヴルに作品アリ)の知的で静かな新古典主義に反発して、ダイナミックで感情的な作品を描きました。
具体的にはモチーフを画面に対して斜めに配置したり、曲線や原色をつかったり、悲劇や異国情緒ただよう題材を描いたりします。
ドラクロワもルーヴル美術館に大作がたくさんありますので、そちらも是非観てみてください。

<展示室3> 1860~1880年
保守的なアカデミーがよしとする絵画と印象派(革新的な)絵画がちょうど交錯する時期です。
この展示室では、以前ご紹介したカバネルの『ヴィーナスの誕生』(la naissance de Vénus)を目の前で観てください。
彼はサロンの常連で、かなり影響力をもっていた画家ですが、この透き通るように白い肌をもち、目を半分閉じて恍惚の表情の女性はギリギリのところで上品さと神秘性を保っていて、美しいなあと思います。

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ドーミエの風刺彫刻。当時の政治家の顔がわかってたらもっと面白いでしょうね。
<展示室4> ドーミエ
この部屋にはドーミエの風刺版画、風刺彫刻、絵画があります。
19世紀は市民がどんどん力をつけていく時代ですが、まだまだ識字率は低く、新聞を読める人はあまりいませんでした。
でも難しい時事問題を風刺したイラストが入った新聞が大流行、ドーミエは風刺版画の仕事で成功します。
写真も新聞に使われていなかった当時の政治家や文化人の特徴をよくつかんだドーミエの鋭くユーモアのあるイラストはとても面白いですよ。
ちなみにフランスではいまだに風刺イラストの新聞が結構残っていて、メトロで読みふける人を見かけます。

<展示室5>バルビゾン派
以前ご紹介したフォンテーヌブローのお城の近くにバルビゾンという村があります。
ここで自然をモチーフにした絵を描いたミレー、コロー、ルソーなどの画家たちをバルビゾン派と呼んだりします。
コローの作品はルーヴル美術館にもたくさんあるのですが、旅行中に出会った普通の自然の風景を、奥深い森の中に現れる池や木漏れ日などどこか神話チックに描いているのがとても癒されます。
ちなみに日本初の「西洋画」はバルビゾン派でした。
現・東京芸術大学で明治時代に油画科が新設された時の教授が影響を受けていたからです。
黒田清輝なんかも間接的にバルビゾン派だったと言ったら大げさでしょうか。

<展示室6>オリエンタリズム
フランスの人はオリエンタル、エキゾチックなものが大好き。
パリなんかは特に、アフリカ、アラブ、アジアの文化がミックスされて今でもとても国際的です。
19世紀には政治的にも海外遠征などでアフリカやアラブ諸国のイメージが新鮮で興味深いものでした。
サハラ砂漠やアルジェリアなどの風景画がここに展示されています。

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ミレーの『晩鐘』です。農民の大地の豊穣に感謝と祈りを捧げる崇高な時間を描いています。
<セーヌギャラリー>
ミレーの『晩鐘』(l'Angélus)『落ち穂拾い』(Des glaneuses)、コロー、マネ『草上の昼食』(le déjeuner sur l'herbe)、モネ、ピサロ、シスレーの贅沢なオンパレードです。
小振りな作品が多いですが、見応えがあります。
ミレーの『種をまく人』は山梨県立美術館にも所蔵されているんですよ。
余談ですが『種をまく人』は岩波書店のシンボルマークにもなっています。

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クールベ『オルナンの埋葬』 と〜っても大きな作品です。老夫婦がずっとこの作品の前でなにやら話をしていました。フランスの老夫婦はおしゃれです。
<展示室7>クールベ
クールベの大きな作品が3つ展示してあります。
ここにある有名な『オルナンの埋葬』『画家のアトリエ』は、1855年のパリ万博に展示しようと応募するのですが却下されました。
歴史画のように大きく大げさな絵画ですが、アカデミーの決まり事を守っているとは言いがたかったからです。
仕方がないから展覧会場の横で彼は勝手に「クールベ展」を開催してしまうんですね。
これが史上初の個展だとも言われています。
『オルナンの埋葬』に見られるような白い絵の具のペタペタ感がちょっと新しい時代を呼びそうな予感がしませんか?

<展示室8>建築設計図
こちらの展示室は19世紀に次々と建てられた建造物のデッサンや設計図などを集めた部屋です。
オペラ座、シャンゼリゼ、グランパレ、オルセー駅、ルーヴル美術館など今でも見ることのできる建築計画が見れますよ。

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金ぴかの化粧台です。貴族の結婚祝いに作られたものとか。こんな鏡台でお化粧をしたら厚化粧になってしまいそう!?
<展示室9>19世紀の装飾美術
パリ万博などに出品されたり、貴族たちに頼まれたりして作られた飾り棚や化粧台、テーブルなどが展示されています。
ゴテゴテ、ピカピカのすごいものが多いのですが、その「すごい」技術を国内外にアピールしたのが19世紀の万博のテーマでもあるので納得です。

<展示室10>
私が訪れた日は展示変え中でした。いつもは何をやっているのでしょうか??

<展示室11>シャバンヌ
シャバンヌという人の不思議な雰囲気の絵画がたくさんあります。
ほわほわーっとしてて何とも形容しがたい作品ですが、筆遣いが荒っぽかったり、それはそれでこの時代には珍しそうな新しい作品です。

<展示室12>モローなど
ギュスターブ・モローも不思議な雰囲気の作品を描く作家です。
題材は神話などからとっているのですが、例えば登場人物の洋服の模様などが異様に細かく描かれたりしてびっくりします。
パリにはモローのアトリエを改造した美術館がありますが、こちらも雰囲気があってオススメです。
1週間以内でしたら、オルセーのチケットを見せれば入場料が割引になるそうです。

<展示室13>1870年以前
ドガの作品がたくさんあります。
バレエの練習をする少女たちを描いた作品で有名ですね。
印象派の作家たちとつるんではいたのですが、彼の興味は自然よりも人間でした。
生活感あふれる人間や、ポートレートが展示されています。
彼は住んでいたモンマルトルの墓地に眠っています。

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マネの『オランピア』 右端の暗闇に黒猫がいるんですよ。中央の女性がしているチョーカーはオルセーのミュージアムショップで売っています。
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こちらマネの『バルコニー』 彼が描く女性は黒髪で強い意志をもったまなざしをしている人が多いです。
<展示室14>マネ
私はマネが大好きです。
この展示室はそんなマネ好きにとって狂喜乱舞してしまうところ。
『オランピア』(Olympia)に『エミール・ゾラ』(Emile Zola)『笛を吹く少年』(Le fifre)『バルコニー』(Le balcon)といった大作がここに展示されています。
マネのお話はいつかまたあらためてしたいと思います。

<展示室15,16> クールベ
さきほどのクールベの小品があるのがここです。
16展示室の奥に飾られている『種の起源』(L'origine du monde)は是非観てください。
タイトルと、写実的であることにこだわったクールベの絵画にウンウン、とうなってしまう一品です。

<展示室17, 19, 20, 21>
展示変え中で閉鎖されていました。
普段は寄贈されたコレクションを見せているようです。

<展示室18>モネ
マネだのモネだの紛らわしいのですが、有名なマネの『草上の昼食』と同じタイトルの作品があります。
モネも光に取り憑かれてどんどんと抽象的な方向に行ってしまうのですが、ここにある作品はかなりデッサンのきちんとした作品たち。
描かれたブルジョワの楽しいピクニックの様子が伝わってきます。

<展示室22>ピサロ、シスレー
ピサロとシスレーの風景画を中心に集めた展示室です。
戸外で自然の光に包まれながら描いた彼らの作品は気持ち良さそうな空気が流れています。
ちょっと筆致が荒々しくなって来たけれど、晩年ほどではありません。
5階の「印象派」コーナーにも彼らの作品があるのでその違いを比べてみてください。

<展示室23>自然主義的風景画
印象派前夜なんですけれど、まだまだ「そっくりそのまま」の呪縛から抜け出せないのがこの0階の作品群。
こちらの展示室ももれなく、このままリアルに描くことはなんか違うと気づきながらもそこから進めないでいる作家たちのジレンマが見えるような気がします。


いかがでしたか?絵画だけのご紹介でしたが、展示室を番号順に巡ると画家たちがどのようにスタイルを変えて行ったのかがわかります。
デッサンが命、神話や歴史の物語重視、筆致を残さないツルツルの画面がいいとされていたのに、だんだんとデッサンが狂い始め、日常の出来事をモチーフにし始め、筆跡がわかるような荒々しい筆致になってきました。
まだ作品が何を描いたかは完全にわかりますよね。リアルです。
でも印象派の飛び抜けた「新しさ」は、この0階にある作品の「リアル」との葛藤の後に産まれたものと言っても過言ではありません。
なのでやっぱりこの階をざざーっと観てから5階の展示室を観ていただきたいと思います。

次回は0階の奥のちょっとしたコーナーについてお話しますね。
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by paris_musee | 2009-03-02 00:00 | 有名ミュゼ
<印象派の殿堂 オルセー美術館 Part 2 Musée d'Orsay>
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前回紹介できませんでしたが、オルセー最上階の時計のクローズアップ。パリとオルレアン間を結んでいたことが刻まれていますね。

日本で一番人気の画家って誰なんでしょうか。
ゴッホ?ゴーギャン?セザンヌ?ルノワール?マネ?モネ?ドガ?
ここに挙げた画家の名前を聞いてピンと来る人はかなり多いと思います。
日本人にとって、これら印象派の画家はとても身近なものではないでしょうか。
理由はいろいろあると思うのですが、やっぱりルネサンスや17世紀、18世紀の絵画よりも、「作品を観るために必要な基礎知識」といったキリスト教の世界観、近世の政治史などなくても観られる気軽さがウケているのだと思います。
日本に育った以上、特別な理由がなければ『最後の晩餐』の登場人物やエピソード知っていたり、宮廷画家が描く王一家が誰なのかわかる人は少ないですものね。

日本でも上野の森やそこかしこでゴッホやセザンヌ、モネなどの作品を観る機会は結構あるのですが、もしパリで印象派の作品をみたいならば絶対に「オルセー美術館」を外すことはできません!
右を見ても左を見ても印象派だらけ、一級品の作品に囲まれて嬉しい悲鳴をあげてしまうようなところです。
でもやはり貴重な作品ばかりで、観たい作品が貸し出し中になっていることも多いので運を天に任せましょう。
それでも十分な量の作品と向き合えるので絶対に損はしません!

来週、この美術館の中でとりわけチェックしたい作品をご紹介しますが、今回は「印象派」全般のマメ知識をお話ししたいと思います。
まず、印象派は19世紀後半にフランスでおこった芸術のムーブメントです。(音楽などでも印象派と呼ばれるものがありますが、ここでは美術のみお話しします)
そして覚えておきたいのが、当時支配していた「**でなければいけない」という決まり事への反発です。
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こちらカバネルの『ヴィーナスの誕生』という作品。アカデミー常連の彼の描く作品は採点基準をクリア!生身の人間以上に完璧なデッサン、裸体だけどヴィーナスなのでよし、上品さが貴族好みなどなど。
19世紀前半まで、絵画にはいろいろな決まり事がありました。
「そっくりに描かなければいけない」「歴史的事実を描くといい絵と言われる」「エロチックな裸体は描いてはいけない(裸体を描く時は宗教や神話の登場人物とする)」「貴族やブルジョワ趣味の絵がすばらしい」などなど。
そしてその「いい絵」であることを決める団体が美術アカデミーでした。
この団体が毎年サロンと呼ばれる展覧会を開き、そこに展示できる選ばれた作品がちまたで評価されたのです。
サロンへ出展できることが若手画家のキャリアの第一歩であり、さらに一番すばらしい絵を描いた画家にはローマ修行旅行の特典がありました。
ところが、とにかくそっくりに描くことや、いろいろな決まり事を守った作品ばかりが選ばれるのですから、画家の方も知恵をつけて選ばれるための作品しか描かなくなって行きました。
新しい技法、面白いモチーフを描いた自由で生き生きとした作品は評価されなかったので、描くだけムダでした。
大げさですが、アカデミーは保守化してみんなおんなじ、どれもこれもやっつけ仕事のつまらない展覧会になってしまうのです。

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こちらはマネの『草上の昼食』 アカデミー的にダメだった減点ポイントは、その辺にいる女性の裸体=下品、よくあるピクニックの風景に裸体=低俗、色の塗り方が平面的で本物っぽくない=ヘタクソ。
印象派の父なんて呼ばれているエドゥワール・マネの代表作『草上の昼食』は、アカデミーによって下品でへたくそと判断され落選します。
森の中の裸体表現は過去にもたくさんあったのに、マネの裸体が神話や宗教上の登場人物ではなく、生々しい普通の女性というので却下されたのですね。
そしてマネの特徴でもあるのですが、奥行き感のない、ペッタリした2次元的な感じの塗り方が「ヘタ」の烙印を押されてしまったのです。
当時の絵は、陰影がついててあたかも本物がそこにあるような遠近感のある写実的な絵が主流でした。

この絵は、そのとき落選した他の作品とともに落選展という展覧会に出品されました。
目的は「ほら、この人たちの作品はサロンに落選しても仕方がないダメな作品ですよね」と念を押すためで、実際美術批評家をはじめ観客は「そうだ、そうだ」と嘲笑したのだそうです。
でも、一部の人は「まてよ、これは新しい時代の絵画を牽引するような鋭い視点を持っている!」と評価しました。

こうした既成概念を打破するような新しい作品への支持が次第に高まり、アカデミーの保守化した体制への反発も強まり、いよいよ印象派の画家たちが自由に作品を描いてもいいという土台が作られるのです。

ちなみに、19世紀後半に写真技術が発表されたことも、印象派の登場に一役買っています。
というのも一瞬のうちに現実の世界をそっくりそのまま写し取ることが可能だとわかったので、何日もかけてそっくりそのまま描く写実的な絵画への必要性もなくなっていったからです。

マネのスキャンダラスな作品のおかげで、19世紀後半から絵画の(アカデミーの)既成概念を無視したこだわりの絵画を描く若手画家が急増し、印象派と呼ばれるほどのムーブメントが起きた、というわけです。

今の視点から印象派の作品観るとその革新性が霞んでしまうのですが、写真も一般的ではなかった当時の人の気持ちになって観てみると「まあ、こんなモチーフを絵画に!?」とか「ちょっと、こんなブツブツができた肌なんてあり得ないわ!」とか「この荒々しい筆遣いが邪魔だ!」なんて思うかもしれません。
眉を潜めてしまうようなことが、だんだんと印象派の新しさ、生き生きとした作品として評価されて行ったのです。
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by paris_musee | 2009-02-23 00:00 | 有名ミュゼ
<昔は駅でした オルセー美術館 Musée d'Orsay>
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2003年頃に撮ったオルセー美術館の外観。この頃は正面入り口が工事中で、側面の入り口から入場でした。長い美術館です。画面左の大きな時計の裏に素敵なカフェテリアが。

パリに来たからには是非行きたい美術館、ルーヴルに次いで人気なのはオルセー美術館ですよね。
場所もルーヴル美術館とセーヌ川をまたいでお向かいさんにあり、昔母と観光でパリに来ていた時は頑張ってハシゴしたりしていました。
一応このふたつの美術館には役割分担がありまして、1848年以前がルーヴル、以降がオルセー(さらに1914年の第一次大戦以降はポンピドウセンター内の国立近代美術館)と時代分けがされています。
オルセーが担当しているのは「印象派」の時代のド真ん中でして、印象派が大好きな日本人に大人気なのもうなずけます。

ちょっと意外だったのは、オルセー美術館の開館が1986年であること。
建物もパリの古い町並みにしっくりととけ込んで貫禄すら感じてしまうのに、私よりも若いとは!!
どういう事情なのかと調査してみると、なるほど納得、使われなくなった駅舎をそのままミュゼに改造したからなのです。
駅舎としての歴史はパリ万国博覧会が開催された1900年。
エッフェル塔ができ万国博覧会で華やぐパリを一目見たいと、フランス各地、近隣諸国からの旅行者が集まるんです。
人が集まるからには交通手段ということで、パリのど真ん中に到着するオルセー駅をつくったというわけです。
オルレアン方面からやってくる人々を一気に受け入れた大きな駅舎は当時流行っていたアールヌーボー調の装飾と彫刻を施した大円天井が特徴で、豪華なステーションホテルが併設されていた時期もありました。
万博のためにオーステルリッツ駅(これは今でも現役)から延長してわざわざ建設したのですが、1939年には駅は廃止され、ホテルだけが残りました。
1973年に歴史的建造物に指定された頃から、ミュゼにしよう!なんて声もあがり86年にオルセー美術館がオープンとなりました。
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オーヴェル・シュル・オワーズに行って、ゴッホの軌跡を歩いてみました。これは当地の教会。
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上の教会をゴッホが描くとこうなります。実物はオルセー美術館で観てください!
さきほども言いましたが、オルセーといえばやっぱり印象派。
狙ったのかどうかはわかりませんが、駅舎の空間で見る印象派の作品が非常にマッチしているんですよね。
というのも、印象派が活躍した時期は、鉄道が発達した時期とかぶります。
パリを見に地方から人々が集まってくる一方で、パリから郊外へ行くピクニックもさかんになります。
レジャー、日帰り旅行の誕生です。
印象派の画家たちも画材道具、デッサン用具を片手にパリの駅から郊外へスケッチ旅行に出かけます。
例えば、今も昔と変わらずパリの北西に向かう列車を受け入れるサンラザール駅。この駅舎やホームも数多くの画家に描かれました。
サンラザール駅から印象派の作品の舞台になった場所へ日帰り旅行ができます。
ゴッホの終焉の地オーヴェル・シュル・オワーズや、モネが住んだアルジャントゥイユやジヴェルニーも1,2時間ほど。
当時のパリ郊外の緑多いほのぼのとした景色を描いた印象派の作品をオルセー美術館で観ると、不思議と「こんな駅舎から出発したんだなー」とイメージが湧いてくるのです。

オルセー美術館、印象派の絵画だけでなく、19世紀後半の華々しい文化が咲き誇った時代の装飾美術、彫刻、写真、建築、グラフィックなども観ることができます。ルーヴル美術館よりも小さく(それでも大きいです!)、19世紀の内装を再現したクラシカルで素敵なレストラン(お昼は16.5ユーロのコースあり)や最上階の大時計からパリを望めるカフェテリアもオススメなので、時間があったら是非行ってみてください。

オルセー美術館
住所 1, rue de la Légion d'Honneur, 75007 Paris
開館時間 9:30-18:00(木曜日のみ夜間営業 21:45まで)
閉館日 月曜日
行き方 RER C線 Musee d'Orsay駅下車すぐ
チケット 8ユーロ(5,5ユーロ 30歳未満、木曜日以外の16:15以降、木曜日の18:00以降)18歳未満は無料
     オルセー美術館とロダン美術館の割引入場券 12ユーロ(同日入場のこと)
     入場後8日以内にオルセー美術館のチケットを見せれば、ギュスターヴ・モロー美術館とオペラ座の見学コースのチケットが割引料金になるそうです。


*ちょっと更新が遅くなってしまってごめんなさい。
取材に行く時間がなくて写真不足です...。
来週こそは新しい写真をアップしたいと思います。
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by paris_musee | 2009-02-09 00:00 | 有名ミュゼ